たしかに正しいけど、その通りだけど。

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ラブライブ!の1期を観てます

 ラブライブ!に対する反感が何故抜けないのか、ちょっと前にさらっと観切った1期をまた観てみることでなんとか咀嚼嚥下しようと試みている最中です。

 少し考えてみればまずひとつには「そんな熱心に持ち上げられるほど良いか?」という幼い頃からの悪い癖が出ているようです。メジャーどころに対しての漠然とした反感。斜に構えるってやつですか。それはでもきっかけにすぎないような気がします。

 

 実際に観始めると、なるほどこれはやっぱりよろしくないな……という気持ちが再燃してきました。身も蓋もないのですが、とにかく主人公らしく描かれている高坂穂乃果というキャラクター性が不愉快の元凶であるようです。

 『プリティーリズムシリーズ』というアニメ作品がありますが、その2期目である『プリティーリズム・ディアマイフューチャー』の主人公に上葉みあというキャラがいます。プリティーリズムは結局追うのをやめてしまったのですが、それはこのキャラクターが原因でした。お察しのとおり、まさに高坂穂乃果みたいなキャラクターです。

 

 猪突猛進やる気にあふれ、勢いで周りを引っぱって行く――そんなキャラクターは物語を進行させる上ではこの上なく便利なキャラクターなのでしょう。しかし、私はその手のキャラクターが併せ持つ理不尽さに対して苛立ちを覚える性分みたいなのですね。

 だからいつもそういうキャラクターを観ると「命乞いするような死に方しろ!」と叫ばずにはいられません。酷い人間ですね。

 

 じゃあどうしたらいい(赦せる)のかと言えば、やはりそれはそういうリスクを顧みない行動に伴ってどこかしらで相応の被害に見舞われるべきです。そうしてそれにより反省し、より高いステージへと上っていくのです。ストーリーじみてますね。

 主人公補正(いわゆる「お話にならない」というやつ)によって一般的な感覚における当然の展開を捻じ曲げて歪なものに仕立てあげる、とか言うといよいよ悪行めいてきましょう。

 

 ラブライブ!に話を戻しますと、その穂乃果とかいうのがぐあーっと行ってミモリンもとい園田海未の正論をぶっ潰す展開でもううわああああって感じでした。

 

 ラブライブ!がそうだとは必ずしも言えませんが、そういう類型の作品における展開では散見される結果的に上手くいくから祭り上げられるそのおこない、作品の都合で赦される横暴たち。許されないことも赦されちゃうんだから堪りませんね。

 それにカタルシスとかいうものを感じる人もいるのだと思いますし、それを狙った構成であることが実際なのでしょう。要するにこれが悪いということは微塵も申し上げていないのです。ただ私にとってはこういう理由で好ましくないのですよと明言しておくことも必要かなと思いました。

 

 まあ、こんなことは7年ぐらい前にも書いてるんですけれどね。

 確かハッピーエンドに伴うご都合主義がどうこうって話でしたか。

 

 

 そしてここに、私の作品に対する価値の置き方の話をくっつけると、ラブライブ!がどうなってしまうのかということについて固まってきそうになるのですがそれはまたいずれもう少しまとめてからにしましょう。

 

 嗚呼シチュエーションザウルス。