たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

メモを書くことでそのうちまとめることになる

 ちょっと前から「正しい」とか「確か」とかいった表現をよく使うんですが、その正体を明文化しないといけないんじゃないかと思ってもいます。

 そういえばこの日記のタイトルにもしたのでした。

 

●正しい

 様々な事象の自分にとっての価値(意義)のような何かを判断する際の根拠となる感覚のことです。より正確な表現としては「間違っていない」ということになりましょうか。

 何言ってるんだこいつはと言われそうな感じですが、実際、正しさを探っている際は深い雪の上を少しずつ踏み固めながら歩いているような感覚なので、多くの場合は「これは間違っていない」と自身に言い聞かせながら判断をしています。

 しかしこの正しいというのは絶対的な感覚ではなくて、あくまで“自分にとっての”価値判断基準に係るものであるというのはちょっと念頭に置いておかねばなりません。判断の根っこは自らの中に置いておくことが望ましい気がします。

 正しい判断はちゃんと確信をし、そのことに対して胸を張りましょう。それと同時に、できる限り正しくないことはしない方針で行きたいものです。

 

●確か

 理不尽の逆。またはブレないこと。すぐ上に書いてある「できる限り正しくないことはしない」ということが確かであるということになりましょうか。

 自らに課したそういうルールを破らず、一貫性を保つことがすなわち確かさです。

 確かな判断ができないことは正しくないと判断される気もしますし、もうめちゃくちゃですが、そういうことになります。

 この感覚が最も重要視されるべきものであると考えていまして、それは何ものかを受容する過程を考えると明らかであると思います。

 例えば、あるアニメ作品について、ある話においての登場人物の言動が不可解に思え、これは作品の瑕疵はたまた登場人物の精神活動が破綻しているという描写なのだろうという理解をしたとします。それはいろいろと考慮した上で、その時点で正しい判断であることを確信し、確かに落ち着きます。

 しかしその後、話が展開し、その登場人物の言動について一定の論拠が示されるという描写に行き当たったとしましょう。するとまあそれは当然のことですが、自身の理解力や、作品の持つ説明力が不足していたために、それがわかった後の自分から見て、過去の自分は誤った解釈をしていたということに気がつくという状況なわけですね。

 すなわち、正しさというのは不確かである可能性がつきまとうものなのでしょう。そこにすべてを委ねるにはあまりに心許ない感じがしてきます。

 そこで、確かさなのです。その時々の正しさを信用する。正しさの奴隷となる。それが確かさですね。その正しさは誤りかもしれないけれど、常に正しさに対しての奴隷となり続けるという確かさを持っていれば大丈夫。その都度少しずつでも正しくあるように努めよう。そういう気持ちです。

 正しさを根拠に据える。無根拠をできる限り避ける。私の確かさはそういうものになりましょうか。確かさは人それぞれなのでしょう。ポリシーとかそういうやつです。確かであろう。

 

 

 今の率直な気持ちを書いておいたので、これが後程自分が読み返したときの道標となってくれればよろしいなあって感じですね。

 でもごちゃごちゃっと書いて何言ってんだこいつって感じもするので、ちゃんと実例も挙げましょうかね。

 

「アンチとアンチアンチと確かさ」

 私はアンチを前面に押し出すことが正しくないと思っています。より正確に言えば、本当に正しい批判もあるでしょうから、大した根拠も固まっていないのにアンチぶることが正しくないという感じでしょうか。

 そもそもあるものに対するアンチって攻撃性なわけですから、手放しで無根拠に持ち上げるのとはわけが違うのです。攻撃を受ける側の人は被害を受けます。不確かな攻撃性を嫌うとも言えましょうか。不確かな信者は許すけど不確かなアンチは許せません。

 不確かさは正しくないので、アンチアンチというものが正しく成立しますね。危険な思想です。だけどまあそんな過激なものではなくて、所詮は不確かさ+攻撃性に対する反感程度のものです。攻撃性というのがまあある種テクニカルタームなんですが……また別の機会にしますか。いや、『「犬」のある生活』に詳しいということをメモしておけば十分かな(ダメ)。

 

 でもこれ難しいんですよね。

 自分は正しく在るつもりなんですが、ただ思ったことを口に出すだけでdisっているかのように見えてしまうことはよくあることです。でもそれは違うのです。批難しているわけじゃないのです。正しい事実を吟味しているだけなのですよ……すなわち、無根拠という不確かさは最低限回避しているつもりです。

 でもその根拠が揮発することもよくあるんですけれどね。(そういう場合はもちろん正しさに従って撤回した方がいいなあ。)

 

 

エバンゲリウォンたのしいれす^^(何故か今更観ている)