たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに

不定期に破片をばらまく遊び。

 

 

 ――部屋に敷かれた布団の上に、結衣と京子は手を繋いだままに横たわっていた。

 部屋に辿り着いた瞬間結衣が血を吐いた。それではっきりと自分たちの運命がわかってしまった。遠方に離れるだけではもうあの凄惨な死からは逃れられないようだ。

 部屋に入ってからしばらくは、そんなこともあって京子がまた激しく泣き始めてしまったのだが、今は落ち着いていた。しかしその手だけは離そうとしなかった。結衣も離す気はなかった。

「覚えてるか? 前、ここに住むようになって初めて京子が泊ったときのこと」

「うん。私もそれを思い出してた」

 しばらく話して少し沈黙の時間が続く。気が置けない間柄特有の不快感を伴わないそれが、互いにとても心地好かった。

 心に収まりきらない現実をすべて手放した境地だった。

「いろいろと昔のこと考えちゃった」

「……私も」

「なんかあれだけどさ、今までほんとごめんね? 迷惑しかかけてないな、って」

「いや……」

 普段からそんなことは言わずとも、京子が際限なく勝手気ままに行動しているのではないことぐらいわかっていた。

 先程思い返したあの日もそうだったが、京子はさりげなくそういった気遣いができていて、超えてはいけないラインを弁えた行動ができる賢しい奴だということは結衣が一番理解していた。それでも口に出さなきゃいけない、そういうタイミングが来たのだと、そこまで考えて結衣は口ごもった。

 返事の代わりに京子の手を少し強く握った。

「なんだよもう。結衣は本当に寂しがりの子だな」

「……そうだよ。悪いか」

 結衣は変な意地を張るのをやめた。

 短期間で今まで守ってきた平穏な世界の大半を失った結衣は、もういつもの冷静な結衣ではない。

「なあ京子…………京子?」

 結衣は握った手を何度か揺する。

「ああ……何? どうしたの、結衣」

「…………」

 返事に一瞬間が開いただけで、当然のように肝を冷やした。自身では覚悟はできている気でいたがどうも甘かったらしい。京子は結衣のそんな気も知らないような顔をして笑う。

「結衣も寒いのか? しょうがないな」

 そういうと、京子は結衣に抱きつくようにして、下から顔を覗き込んだ。

「なんだ、泣いてるの……?」

 結衣は静かに嗚咽を漏らし始めた。京子が零れる雫を指で掬う。その指先の冷たさに、結衣の目からは止めどなく涙が溢れた。そしてとうとう本音が口をついて出た。

「死にたくないよぉ……」

「うん。私もまだまだみんなと、遊び足りなかったんだけど」

 京子は一度言葉を切ると、少し咳き込んでから再び話しだそうとして気づいた。

「あれ……おかしいな。さっきは……結衣の方が先だと思ってたのに」

「京子!! そんな!」

 咳を押さえた手には、死の色がこびり付いていた。

「ごめん。いろいろ全部、言っておきたいことが」

「いいから! 大丈夫、わかってるから!!」

「言っておきたいことが、っ! いくらでもあったはずなんだけどなあ」

 見る見るうちに京子の顔色が悪くなり、瞳も焦点の合わない状態になった。部室での彼女は別人であったかのように激しく狼狽える結衣。

「嘘……冗談だろ? 待って京子! 私の方こそ、まだ何も」

「ダメだ……ごめん。やっぱりこんなことしか言えないんだ。こういう時って」

「待って!! 喋るな! 私の言いたいことは、そのっ」

「漫画とかでも……やっぱり、結衣、ほんと」

 結衣はやはり土壇場で何も考えられなかった。症状の変化があまりに急で、一緒に居た時間があまりに長くて、そして今となっては京子との平穏な日常があまりに眩しくかけがえのないものであると気づいてしまって――

「結衣大好きだよ。今まで……ありがとね」

「京子、そんなの! そんなの……!!」

 そんなのずるいだろ。なんで最期まで全部持って逝っちゃうんだ――叫びは京子に届かず、虚空に溶けた。


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