たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに5

 休み時間になって、櫻子は例の箱を開けてみようと思い立った。授業は休み中に出ていた宿題の提出が主だったこともあって、終始箱のことで頭がいっぱいだった。
 櫻子にはあの箱の中に何かすごいものが入っているのだという予感めいた確信があった。そんなこともあっていろいろと考えたところ、少なくとも教室のような他人の目がある所では開けるのは得策でないとの結論に至った。

「どこか人気のない所は……」

 ぶつぶつ独り言を呟きながら考えを巡らす櫻子であったが、ふと動きを止めて、辺りを見回した。
「あれ、向日葵いないじゃん……もー、こんなときに! まったく!」
 当然ふたりで開ける気でいた櫻子は地団太を踏んだ。こんなときも何も、朝から一度も向日葵に対して箱のことは話していないのだから、勝手なものである。
「……あれ」
 体を揺らした拍子に、ポケットから金属音が聞こえた。
――これだ!
 櫻子はその正体にすぐに思い至った。そして素晴らしい偶然に運命的なものを感じつつ、持ってきていた袋に箱を入れると急いで教室を飛び出した。


「あ! 向日葵ー!」
 何も知らず廊下を歩いていた向日葵は大声で自分の名前を叫ばれて面食らったが、すぐにそれを咎める。
「ちょっと櫻子! そんな大声で人の名前を……」
「いいから! こっち!」
「あ、もう! 廊下を走ったら生徒会員としての示しがつきませんわ」
 向日葵の文句も耳に入らない様子の櫻子は、向日葵の手をつかむとそのまま廊下を走り抜け、階段を駆け上った。

 着いた場所は生徒会室。ここなら確かに人気はなさそうだ。
「……生徒会室に、何の用ですの?」
「あんまり人に見られたくなくて」
「ひ、人に見られたくないって、何をするつもりで――」
「とりあえず、誰かに見つからないうちに早く……」
 櫻子は、自身とはまったく違う理由で慌てる向日葵を尻目にポケットの中を探ると、中身を取り出して掲げた。
「じゃーん! こんなこともあろうかと!」
「それどうしたんですの?」
 彼女の手には生徒会室の鍵が握られていた。
「登校日に鍵借りたんだけど、そのあと返すの忘れてた」
「ちょ、そんないい加減な!」
「まあまあ、こうやってまたすぐ使うことになったんだしー」
 不手際を戒める向日葵に対して櫻子はお気楽に答えつつ鍵を開け、素早く中に入った。そしてなかなか入ろうとしない向日葵を「早く!」と小声で急かし、部屋の中に引き込む。
「何かの相談、にしては深刻な感じはしませんし……」

 線がふらふらと落ち着かない向日葵。櫻子は彼女のそんな様子もお構いなしで少しもったいつけてから袋の中身を取り出した。
「じゃーん! これだよこれ!」
「ああ、それは……はぁー……」
 取り出された物を見て向日葵は大げさに溜息を吐いた。

 櫻子に、というよりは意味深な言い回しに一瞬でも取り乱してしまった自分に対してのものであった。
「なんだよーもー。ノリ悪いなー」
「別に、そんなことないですわ。でも、どうしてわざわざ人目を避ける必要がありますの?」
「そりゃあこの箱の中身が何かすごいものだったとき、みんなで開けたんじゃ分け前が減っちゃうからでしょ」
「……分け前、ねぇ」
 箱の由来を知らない向日葵には、いまいちピンとこない。古ぼけた玩具にしか見えない。櫻子のことだからどうせ自宅の物置かどこかで見つけて嬉々として持ち出したに違いない。向日葵は話を聞きつつ、少しこの状況について自分なりに推察してみた。努めて冷静になろうという意図も幾分かあった。

――あの箱は工芸品で、簡単には開けられない……幼い子が自分の宝物をしまうにはうってつけ、ですわね。

 大方、幼少期に買ってもらった箱で、何かをしまったは良いものの開け方がわからなくなってしまい、当時の自分が一体何を入れたのかが気になってしょうがないとかそんなところだろうと思った。

――だとすれば、中身は小さな玩具か、もしかしたら――
「ほら、なんか入ってる」
 櫻子が箱を振ると確かに何やら軟らかく鈍い音がした。そんな有機的な音に何年も放置された食べ物を想像してしまった向日葵は、湧き上がる悪寒に自身の肩を抱いた。
「なんだか……それ、開けない方が良いんじゃありません?」
「私が気になるんだからいいの! 向日葵も手伝ってよー」
 気の進まない向日葵だったが、櫻子があんまり楽しそうにするので強く断ることもできず、渋々了承することにした。
「しょうがないですわね……じゃあ貸してみなさい」
「やったー! はいはいどうぞどうぞー」
 櫻子は向日葵の色好い返事を受け、恭しく箱を差し出した。元からひとりでは埒が明かないのではないかと思っていた。
「確かどこかがずらせるんで――!」
 箱を受け取った瞬間、何かぴりっとした衝撃が走った気がした。指先を見つめる向日葵に櫻子が訊ねる。
「ん、どうかした?」
「……何でもありませんわ」
 違和感は確かにあったが、気のせいだと思うことにして、箱に意識を向ける。六つの面の上下すらわからない状態だ。最初は当てずっぽうで力を加えてみるしかなさそうだった。
「あ、とりあえずこう動きますわね」
「おおー! ……あ」
 ようやく初手の動かし方がわかったところで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 ダ、ダメダヨー!(ギィィイイイン(往年のネタ))


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