たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに8

 まあきっと、そういうこともあるのでしょうね。

 元はかなり説明的だったのを削り散らかすあれを施しています……。

 

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 翌日、彼女らは前日の約束どおり放課後に部室に集まって箱の攻略を続けることにした。
 メンバーは昨日と同じ六人で、結衣は専ら戦略担当。他の四人で意見を出しつつ実際に箱を弄ってみて、残りのひとりを記録係とすることとなった。
「じゃあ、記録係なんだけど」
「はいはい! それ私やります!」
 予想された立候補に、ごらく部員は皆一様にこわばった表情となった。
「えーとちなつちゃん……昨日は積極的に箱の攻略の方をしてくれてたよね……?」
「やりたいって言うんだからやらせてあげればいいのにー。それにちなつちゃんがノートを用意してくれたんだよね?」
 結衣がなんとかとりなそうとしたが、ダメ押しで空気の読めない櫻子のアシストが入ってしまった。
「そうですよ! 私のノートなんですから、私が描くべきじゃないですか!」
 辺りを見回すその視線から逃れるようにして他の面々は口をつぐんだ。不審がるちなつだったが、鞄から件のノートを取り出そうとして一旦手を止め、「そういえば」と切り出す。
「私昨日、絵を描いてきたんです。無事に箱が開けられるようにと願いを――」
「え、あっ! そうだね! じゃあお願いしようかな!」
 ぱらぱらとページを捲り、今にもその《絵》を見せようとするちなつに、結衣は慌てて了解した。
 先程までの煮え切らない態度から一変、ことの外あっさりと了解が得られたことに小首を傾げるちなつ。結衣は煮え切らぬ様子で嘆息した。
――まあ、図形なら絵とは違うだろう。きっと、多分。
 その考えが甘かったのは、数分後にはもう明らかとなった。
「うっ……」
「や、やっぱりか。ちなつちゃん……」
 絶句する櫻子とどこか諦観のこもった呟きの結衣。

「すいませんでしたぁー!」

「え、なに? 急にどうしたの櫻子ちゃん?」
 土下座をする櫻子と事態を把握できないちなつ。皆、仕方がないという雰囲気になり、逆に櫻子を慰めはじめた。
「ねえ、あかりちゃん! どうしたの? ねえ!」
 ちなつは固まったままのあかりに状況の説明を求めたが、反応はない。
「私が……描きます」

 櫻子が神妙な面持ちで静かに呟いた。
「ま、任せましたわ」
「うん。それがいい。ちなつちゃん、やっぱり昨日から頑張ってくれてた、ちなつちゃんの意見が必要なんだ……」
 なんとかかんとかといった感じに結衣がちなつを丸めこむ。向日葵は櫻子と記録にはこう描くと良いんじゃないかと話しはじめた。京子は腑に落ちない様子のちなつにちょっかいを出していた。あかりはまだ固まっていた。

 

 攻略の目処が立たないまま、数十分。集中が途切れ、緩んだ空気が流れ始めた。
「やっぱり難航しますわね……」
「そうだな……この辺でいったん休憩にしようか」
 箱と向き合っていた向日葵が疲れをあらわに肩を回したのを見て、結衣が提案する。
「そうですね……じゃあちょっと、お茶淹れてきます」
「おー頼んだー」
「お前はほとんど何もやってないだろ」
 休憩と聞き、ちなつがお茶を汲みに席を立つ。結衣にたしなめられた京子はやはり今日も早々に飽きてしまい、実際に触っていたのは最初の十分足らずだった。
 しばらくして、みんなにお茶が行きわたると気を張っていた面々もリラックスし、いつもどおりの談笑が始まる。
 そんな光景を眺めていたちなつだったが、急に何かを思い出したようで、結衣に話しかけた。
「あ、そうだ結衣先輩。さっきも話したんですけど、昨日描いた絵が結構力作なんです。見てもらえませんか?」
 一度は回避されたはずの猛威だったが、どうやら逃れられぬ運命らしい。標的となった結衣は再び顔をこわばらせた。緩んでいたはずの空気が一変する。
「えーと……そう、だね……」
「皆さんでめでたく箱を開けられた場面を描いてみました!」
 一度結衣は周りを見やったが、他のメンバーはすでにその効果範囲外に出ようと、ふたりからじりじりと距離を取りはじめている。潮時かと結衣はひとり覚悟を決めてその《絵》に対面した――。
 静まり返る面々。おそるおそる“それ”を目にした結衣は途端にその表情を強ばらせた。

 そんな決死の結衣に対して、ふたりから少し離れた櫻子は「大変だなあ」と曖昧な感想を漏らしつつ、遠巻きに事態を見守っていた。ふと隣に目をやると、向日葵がうつむいている。どうも体調が優れないらしい。そういえば休憩前もやけに疲れていた様子だった。
「……向日葵、疲れたの?」
 少し心配になった櫻子はそう向日葵に話しかけた。目線だけ上げた向日葵はまたそれを下ろすと低い調子で話した。
「そうですわね。ちょっと頭を使いすぎた……って、なに笑ってますの」
「別に、胸に栄養が行きすぎて頭が――とか思ってないよ」
「殴りますわよ」
「きゃー暴力おっぱい魔人がおっぱい力にものを言わせて……って、あれ?」
 心配をしていたはずなのに、いつの間にかいつものように言い合いになってしまっていたふたりだったが、いつもと違って向日葵は手を出してこない。
「……本当につらいの?」
「割とそう、ですわね……」
「……ごめん」
 櫻子は素直に謝った。
「……なんて。誰がおっぱい魔人ですって! バカ櫻子!」
「いたっ! だましたなー!」
 向日葵に叩かれた櫻子は応戦しようと体の向きを変えた。するとそこに、いつの間にかトイレに行っていたあかりが帰ってきた。
「あ、危ないですわ!」
「え」
「きゃあっ、ふぇ!?」
 向日葵の声もむなしく、急に体勢を変えた櫻子がちょうどあかりの足をかけた形になってしまって、あかりがバランスを崩す。
「危ないっ!」
 咄嗟に結衣があかりの体を支えたが、手を伸ばした際に机を大きく揺らしてしまい、いくつか湯のみが倒れてしまった。
「っ……」
「大丈夫かあかりちゃん?!」
「な、何か拭くものを」
 てんやわんやな状態で、ちなつはひとり静かに震えている。零れたお茶がちょうど開いていたちなつのノートを濡らしてしまっていたのだ。そんなちなつの様子に櫻子が気づいた瞬間だった。
「ちょっと! せっかく描いたのにどうしてくれるのっ!」
「……ごめんなさい」
 ちなつが激しく捲したてる。小さくなった櫻子は、さっきとは打って変わって深刻な表情をしてすぐに謝罪の言葉を口にした。
「本当に、申し訳ありませんわ……」
 向日葵も後に続いて謝る。つい怒鳴ってしまったちなつは押し黙り、部室内に重苦しい空気が立ちこめた。
 少しして「まあ……」と沈黙を破ったのは京子だった。
「悪気があってやったわけじゃないんだからさ」
「でも、せっかくの絵が……」
 話の途中で遮った向日葵が言うように、水彩絵具や色鉛筆で描かれていたらしいちなつの絵は、濡れて原形を留めないほどに滲んで、色が混ざり、どす黒い血のような赤色を塗りたくったような有様だった。
「こんなぐちゃぐちゃな……こんな……っく、うぅ……」
 自分で言っていて、その惨状についにちなつは泣きだしてしまった。
「本当に、ごめんなさい」
 再度謝罪し、頭を下げ続ける櫻子。
 そんな様子に向日葵がおろおろとしていると、結衣が目を合わせて、ゆっくりと頷いた。
「大室さんも古谷さんも謝ってるし、ちょとだけだけど、絵は一応ちゃんと見せてもらえたから……」
「結衣せんぱぁい」
 結衣は泣きじゃくるちなつを受け止めた。
「もう、わりといい時間だし、今日はそろそろ帰ろうかな」
 京子も今回ばかりは読んだ空気に対して素直な行動をとった。責任を感じ、凹んでいるあかりの肩を優しく押す。
「京子ちゃんが帰るならあかりも一緒に帰るよ……」
「そうですわね。じゃあ私たちも、今日はそろそろお暇させていただきましょうか」
「うん……」
 京子を皮切りにして、結衣とちなつを残し、他のメンバーは帰宅することになった。
「ふぅ……」
 部室を出ると、京子は息苦しさを払うように大きく息を吐いた。そして独り言のように呟く。
「まあ……こんなこともあるよ。また、遊びに来てくれると嬉しい」
 京子の言葉を受け、櫻子と向日葵は黙って頷いた。
「ちなつちゃん、明日になったらきっと赦してくれるよ……また一緒に部室で遊ぼうね」
 あかりの温かい言葉に、櫻子は堪えていた涙を零し「うん」と一言返事をするのが精一杯だった――


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