たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに9

 ――まだまだ蒸し暑さが続いて寝苦しい深夜にあって、向日葵は布団を被って震えていた。
「なに……? どうしてこんなに寒いの……」
 悪寒戦慄。向日葵は必死に自らの両肩をかき抱き、なんとか体温を逃すまいとしていた。しかしその動作は緩慢である。
「体が、重い……」
 向日葵は日中に櫻子と会って話したことを思い起こしていた。そして、どう考えても無責任に楽観的なことを言ってしまったことを悔いる。
「ごめんなさい櫻子、ごめんなさい……」
 一秒ごとに苦しさが増している気がしていた。向日葵は、この明らかに異常な体調に対する不安を、櫻子のことを考えることで紛らそうと、何度も何度も櫻子の名を呼び、謝り続けた――

 

 

 時刻は早朝。櫻子は眠りから覚めかけたところですぐに昨日の出来事を思い出した。そのまましばらく横になっていたがすっかり目は冴えていた。
 一晩が経ち、それを反芻する余裕もできてきた今、櫻子の心中はあのような怒りを向けられて、悲しくも、苛立ってもいなかった。ただ、向日葵が櫻子と一緒になって精一杯謝罪をしていた場面が頭から離れず、なんとなく気分が晴れなかった。
 ともあれ、ある種の仲違いをしたままであること自体憂鬱だ。単純に頑張って描いた絵を台無しにしてしまったことに対して申し訳なくも思っていた。
 そんなことを考えながら、いつもの時間に家を出た櫻子は、すぐ足を止めた。何かがおかしい。
「あれ、向日葵……」
 そうだ。向日葵の姿が見えない。いつもならば彼女が先に櫻子を待っていて、家を一歩出たところで「おはよう」と声をかけてくれるはずなのだ。
 彼女も機械ではないのだからそんな日もあるだろう。いつもは待ってもらっているのだから今日ぐらい自分が待つ側に立ってみるのも良いかと一度は考えた。

 しかし、向日葵の家はすぐそこにあるのだから様子を窺ってみればいいじゃないかと思い直し、古谷家の門扉まで歩き、チャイムを鳴らした。

「おはようございます」
「あ、おはよう櫻子ちゃん。ごめんなさいね」
 玄関先に向日葵の母が現れた。

 話によると、向日葵は昨日帰宅してすぐに体調が悪いと言って寝てしまい、今朝になっても具合が良くならないらしい。
「だから今日は学校お休みすることになりそう」
「わかりました。そっか……じゃあ放課後、また来ます。お大事にと伝えてください」
「ありがとうね。そうだ、櫻子ちゃん昨日、向日葵と一緒にいたんでしょ? もしかしたら櫻子ちゃんも体調崩しちゃうかもしれないから、気をつけて。行ってらっしゃい」
 向日葵の母に見送られて、櫻子はひとりで登校する。こんなことは久しぶりで、一体いつ以来だろうか――などと考えながら通学路を歩いていると、前方にあかり、結衣、そして京子の三人を見つけた。
 櫻子はなんとなくひとりで歩いていることが寂しく、小走りで三人に追いついた。
「おはよう、ございます」
「おはよう大室さん」
「おーおはよー」
「あ、おはよう櫻子ちゃん! ……あれ、向日葵ちゃんは?」
 少し固くなってしまった櫻子に対して三人はいつもどおりに挨拶を返してくれた。
「向日葵は……体調が悪くて、今日はお休みだって」
「なんだーそれで元気がないのかー」
 京子はなるほどと納得したようで、ほかのふたりも向日葵のことを心配してくれているようだった。
 そのまま学校に着くまでの間、他愛ない話をしたが、向日葵が隣にいない櫻子は心の底に穴が開いたかのような、感情がそこから全部逃げてしまうような、空虚な気持ちになっていた――


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