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たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに16

 向日葵が死んで一晩が経った。

 あのとき生徒会室にいた面々はそれぞれにショックを受けていたが、翌日が平日でなかったことも幸いし、いろいろなことが表面化してはいなかった。

 下手にいつもどおりの学校生活を送ろうとすれば嫌でもそれに目を向けずにはいられないし、かといって学校を休むということは事態の異常性をよりはっきりと意識させてしまうことにほかならない。

 彼女たちの家族は帰宅時の様子から何やら異変を察していたが、翌日になって向日葵と特に関係の深かった友人の保護者にのみ連絡があり、初めて事態を把握することとなった。それを受けて結衣は自宅に連れ戻された。他の面々も自宅で静かに過ごすことを余儀なくされた。

 

 千歳も例に漏れずリビングに静かに過ごしていた。その表情は暗く沈むでもなく、しかしもちろん楽しげでもない。

 彼女はあれからずっと考え続けていた。

「あ、姉さん……」

 今朝になり事情の一端を知ることになった妹の千鶴が心配そうに姉にすり寄った。千歳は表情を動かさない。

「古谷さんのことは残念だったけど、あまり気に病まないで」

 そう、向日葵が死んだ。それは確かに非日常的なできごとだが一体それのどこに引っかかるような余地があるのか。ただの勘違いではないのか。やはり精神的に参っているせいなのではないか。などと千歳は考えたがまるで靄に覆われたかのように思考が晴れない。ただ、その靄の中心に何かおぞましいものが鎮座しているという予感だけがこびりついていた。

「あの、しつこいかもしれないけど……姉さん、だって、すごく体調悪そう」

「そう見える? でも大丈夫。心配せんでええよ」

 千鶴に心配をかけているのは重々承知だったが、千歳自身、そこまで深刻に落ち込んでいるわけではなかった。むしろ、そのことが少々薄情であるかもしれないなどと、まるで他人事かのようにひどく冷めた意識で見つめていた。

 ただただ深く考えつめていた。千鶴は心配そうに姉を見つめ続ける。そのわずかに怯えを孕んだ視線に、とうとう千歳は観念し、憂いごとを吐露した。

「古谷さんが……亡くなったことなんやけどな、ちょっと、何かおかしいねん」

「何かって……どういうこと?」

「うーん……なんやろ。こう、嫌な予感がな……」

 千歳自身、考えのまとまっていないことをどう話したら良いものかと歯切れが悪くなる。やっぱり話してもどうしようもないかと思いかけたときだった。

「予感……姉さん、昔から霊感みたいなのあったものね。虫の知らせみたいな、ものだったのかな」

「霊感……」

 千歳の目がわずかに見開かれる。複雑に絡まっていた思考がするすると解けていったのを感じた。

「そうやこの感じ、まさか、そういう……」

 千歳は再び思考の海に潜ると、徐に立ち上がってリビングを後にした。千鶴はそんな姉の背中を心配そうに見つめることしかできなかった。

 

 普段、敢えてその話題を口にすることはないが、千歳には所謂霊感と呼ばれるものがあった。

 彼女がそう確信を持つにいたる数々の体験は、はっきりと事実であると言い切れるものではなかった。しかし彼女自身その類の事柄が嫌いではなかったし、実害がなかったこともあって、霊感の存在を信じていた。

 千歳にとってこれは今までは受動的だった霊感を能動的に扱う初めての機会だった。そんなことに端を発する高揚感を、かわいい後輩のために何かをしなくてはという使命感でくるんで頭を満たした。それは少しずつ妄執へと変わっていく類の衝動だった。千歳も少なからぬショックを受けているのだ。

 思考の絡まりは解けたが、糸口は見つからない。千歳は家中をぐるぐると意味もなく歩き回り始めた。そして少し考えては甘い着想を破棄し、自分の納得できる結論を模索した。まるで厭世的でステレオタイプな研究者のような状態だった。

 考え続けた千歳はやがてひとつの仮定を導き出した。

 それは、向日葵はここ数日ごらく部の活動の中心となっているらしいあの箱から出る、何かしらの悪い気に中てられて死んだのではないかといったものだ。

 数日中の変化といえばそれぐらいだ。

 そもそも箱を持ち込んだのは向日葵たちだ。

 初めてあの箱に触れたときに何か嫌な予感がした。

 一緒に箱に関わっていたあかりも体調を崩している。

 どれも確信に至るには信頼性に欠ける程度の事柄だったが、積み重なっていくと無視できないもののように感じられた。

 現時点で否定しきれないある程度の事実に基づいた推測ができればそれでよかった。向日葵の死に対して何か行動を起こさなければならないという強迫観念じみた衝動に従っていた。それこそ、何かに取り憑かれてしまったかのように。

 

 

 千歳が自らの持つ霊感について肯定的に考えることができたのは、幼い頃、オカルト好きな祖母にその病理ともいうべき感覚について受け止めてもらえたことが大きかった。幼少期、ひとりで苦しむ自分を救ってくれた祖母のことを千歳はとても信頼していた。そんなこともあり、オカルティックな思考に囚われた千歳の足は自然と祖母の部屋へと向いていた。いつものように相談に乗ってもらえば、あの箱の正体に迫ることができるかもしれないと思った。

「おや、どうしたのちとちゃん」

「おばーちゃんちょっといい? ……あのな、ちょっと訊きたいことがあってん」

 千歳の祖母は最初、にこにこと笑って彼女の話を聞いていた。しかし千歳が自らの考えを話しだすと、徐々にその顔つきが険しくなっていった。それに気づかない千歳ではなかったが、構わず一気にすべてを話してしまってから、祖母の言葉を待った。祖母は難しい顔でいろいろと考えを巡らしているようだったが、しばらく間をおいて静かに話し始めた。

 

 結局祖母は終始「危ないから関わるな」という類のことばかり言っていた。何か有力な手掛かりが聞けるかもと意気込んでいた千歳がそれを追及できない雰囲気をひしひしと感じたほどだった。

「そうなんや……ありがとうおばーちゃん」

 気圧された千歳はしぶしぶ退散した。襖を後ろ手で閉め、深く息を吐く。

そして先程の話から少しでも何かが得られないかと、自分なりに整理をしてみた。

『箱には本当に危険な逸話がいくつもある』

『差別はいけないことだ』

 箱ということに絞って調べればいくつも情報が見つかりそうだということはわかる。しかし差別の話にはどんな含意があったのだろうか。

 祖母が肝心の詳細をあまり話したがらないこともあって、危険なことが絡んでくることは理解した。しかし千歳は止まらない。思い出したかのように時刻を確認するが、もう日も落ちようかという時分である。

 千歳は短く溜息を吐くと、自室に戻った。

――また明日、しっかりと調べるにはしっかりと休まんと。

 寝間着を持つと、すぐ風呂に向かった。部屋にいた千鶴が何やら言いたげな視線を向けてきたが小さく笑って躱した。

 千鶴はこちらに踏み込まないでほしいとばかりに。

 

 


 

  ごちゃごちゃ弄り散らかしているので意味が通らない部分があるかもしれませんね。先行謝罪キメます……。