無気力に細切れに18
千歳は図書館に来ていた。
祖母からの情報があれ以上得られない以上、ほかに情報を得る手段としてまず浮かんだのはここだった。昨日は電話を終えた時点でもう夕刻だったために断念したが、今日一日使えば何かが得られるだろうと千歳は考えた。
民俗学、地方史、宗教関連など様々な本を手に取る。
そして閲覧スペースに山のように積んでページを繰り始めた。特に「箱」についての記述がないか、目を皿のようにして探した。
箱、匣、筥、笥、函、筐……用途により細かく字が充てられるが、総じて箱とは蓋のついた容器のことである。
箱は物理的・精神的隔絶を生じさせる。
隔絶は神秘性を生む。
習俗と箱の関係を見ると、日本では祭祀の道具を運搬する筥、西洋では聖遺物を納めるトランクというような、ただ物を納めるだけではない精神的な営みが感じられる。
箱に関する伝承も多々ある。例えば開けると老いる玉手筥(玉匣)、開けて見てしまうと目や口から血が流れ出る八咫鏡の入った辛櫃、ギリシャ神話のアテネがアテナイを入れた箱、言わずと知れたパンドラの箱、アーク、開けてはいけない箱の話が多いことは考慮に値するかもしれないが、どれも今回の話と合致するようなものとは言い難かった。
実際に調べてみると、そもそも手がかりが少なすぎてどうにもならないことに気がつく。千歳は取り留めなく散らばる思考をどうにかまとめようと紙に要素を書き並べてみた。
開けてはいけない箱
体調の悪化
呪い? 祟り?
実際、手詰まりであった。
向日葵が死んだりあかりの体調が悪くなったりしたのが呪いや祟りが原因であったのなら、誰かが誰かを呪おうとする意志の向きによる指向性や、何が祟っているのかによって対処が変わるだろう。何せ千歳や綾乃はもちろん、他の面々も箱に関わってしまっているのだ。遠からぬうちに被害が出だすのは想像に難くない。適切な対処をするためには結局箱の出自を知らねばならなかった。
そういえばあの箱はどうやってごらく部に持ち込まれたのだろうかと千歳は思い返した。最初に櫻子に話を聞いた限りでは彼女の箱だという印象を受けたが、櫻子には被害が出ていないのでその記憶は間違っているかもしれない。向日葵だとしたらもう正確な出自はわからないかもしれない。そうかと言って出自について何か知らないかと関係者に訊いて回るのも面倒ではあったので、それは最終手段として脇によけた。
また、どのような効果をもたらすのかということも重要な手掛かりになり得た。しかし向日葵の死の状況を詳しく知らない千歳には憶測でしか調べられなかった。
結局閉館時間いっぱいまで資料を漁ったが目ぼしいものは得られずじまいだった。千歳は仕方なく借りられるだけの本を借りて帰宅した。
「お帰り姉さん……どこに行ってたの?」
帰宅すると千鶴が玄関口まで出てきた。成果が得られなかったことで疲労を感じていた千歳は、少し鬱陶しく思った。これからさらに借りてきた資料の読み込みが待っている。
「うん。ちょっと、調べもので……」
動きを止めずに答える。話しかけないでほしい雰囲気を振りまいた。千鶴は当然それを感じていたが、めげずに話を続けた。姉に対する心配さが遠慮に勝った。
「昼にね、杉浦さんから電話があった。かけ直した方がいいと思う」
「そか。ありがとな千鶴。じゃあうちちょっと、調べごとがあんねん」
そう返答だけして、千歳はそそくさと重そうな鞄を抱え、部屋にこもってしまった。そんな姉の様子に千鶴は昼間に感じた違和感が確信へと変わっていたが、だからと言って何かをしてあげられるとも思っていなかった。
「そう、あのときもそうだった。結局、私は……」
諦観の色濃く、自嘲気味に微笑んだ千鶴は、消え入りそうな声でそう呟いた。
調査パート書くために本買いましたね……懐かしいものです。
あのときっていうのは幼少期の話です……順番ばらばらにしたからもう憶えていませんね?