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たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに19

 週が明け、社会がまた動き出す。向日葵の死に沈む友人らも、櫻子を除いて休むことなく登校していた。

 それぞれの胸にはそれぞれの想いを抱いての、どちらかと言えば称賛されるべき結果であった。しかし奇しくもそれが仇となることは皆知る由もなかった。

 

 昼休み、教室という日常に居ることに疲れた綾乃は千歳を誘って生徒会室に来ていた。

 朝から自分の殻に閉じこもるかのように本を読みふける千歳の姿を見てどうにか手を差し伸べられないかと、少なくとも表層ではそう考えての行動だった。

「ねえ千歳……何の本を読んでいるの?」

「大丈夫。心配せんでええよ綾乃ちゃん。大丈夫だから」

「…………」

 会話にならない。そんな様子の千歳を目の前にして綾乃は少し自分を取り戻した。それと同時にいつもの思慮深さも徐々に戻ってきていた。

 綾乃は静かに千歳を観察した。先程まで感じていた印象が、がらりと変貌する。

――千歳、なんだかすごく……すごく変……。

 気づいた瞬間、綾乃は戦慄を覚えた。

 これは自分の殻に閉じこもっている人の目ではない。そう直感的に理解した。

――何かもっとこう、何かに憑り付かれている、みたいな。

 脇目も振らず、まさに一心不乱に資料をあたる千歳。今の綾乃にはもう、さっきまでのように話しかけることはできそうになかった。

 しばらく黙って千歳を観察し続けていると、やがて千歳は小さく溜息を吐き、本を閉じて綾乃の方へと顔を向けた。

 少し肩を跳ねさせた綾乃に千歳が訊ねる。

「綾乃ちゃんは……古谷さんがどうやって死んだか、聞いてへん?」

「へっ? え、ごめんなさい。聞いてないわ」

「そか……」

 綾乃は想像だにしない質問に動揺して声を上擦らせた。

 その話題は半分無意識にタブーとしていた綾乃だったが、千歳にはまったくそんな気はないようだ。綾乃は今度こそ彼女の異常性をはっきりと認識した。

 綾乃は一瞬躊躇ったが、思い切って話を切り出した。

「あの、千歳? 言いにくいんだけど、ちょっと変よ、今のあなた」

 言い方が選べなかった。なんでそんな言い方ができたのか綾乃自身もわからなかった。だがそんな言われようにも千歳の表情は涼しいもので、しきりに大丈夫だと繰り返した。

 話が噛み合わないことにはどうしようもないと感じた綾乃は、辛抱強く話を続ける。

「随分と熱心に本読んでるけど、何か調べもの? なら私も手伝うわよ」

 綾乃がそう言いつつ、傍らに置かれた本に手を伸ばしかけたその時だった。

「あかん!」

 千歳は素早くその手を払いのけた。

 途端、顔をこわばらせた綾乃を見て、ようやく自身も顔を歪ませた。千歳が向日葵の死を知って以来、久しぶりに人間らしい表情をした瞬間だった。

 少し間をおいてから、千歳は静かに話した。

「綾乃ちゃん……大丈夫。なんも心配せんでええよ。うちが綾乃ちゃんのことちゃんと……」

 千歳の言葉は終わり際が弱々しく、よく聞こえなかったが、言わんとしているニュアンスを綾乃はしっかりと理解した。ようやく感情らしい感情が示されたこともあってか、たった今受けたショックは霧消したようだった。

 千歳の言動は考えるまでもなく異常だ。正常な精神状態であるとはとても思えない。だが綾乃はその想いの純粋さを感じ、それに安心感を覚えていた。

  しばらくして千歳が口を開いた。

「……歳納さんはどないやろ」

「そうね……」

 綾乃は不思議といつものように気持ちを乱すことなく京子のことを考えていた。ひとりで沈んでいる間にも幾度となく同じようなことを考えていたが、今は穏やかな心持ちなのが良いのか、迷いなく答えは出た。

 ごらく部の面々も少なからぬショックを受けていることは明白だった。同じ傷を負った者同士で他愛もないような話をし、生きた気持ちを通わせるべきではないのか。ちょうど綾乃と千歳がそうしたように。

「放課後に、ごらく部のところへ行ってみましょうか」

「せやね……あの箱でまた遊びながら、お話でもせえへん?」

 古谷さんも心残りかもしれないやんと千歳は小さく付け加え、綾乃の指先に触れた。綾乃はわずかに何か引っかかる感じを受けたが、それは千歳の指先から伝わる温かさに触れすぐに揮発した。綾乃の胸を安堵感が満たし、そのままそこへ埋もれていたくなる。

 綾乃は目を伏せ、頭を千歳に預けた。

 その背中に軽く腕を回した千歳の瞳は再びぎらぎらとした光を湛えていた。

 

 


 

 解答編はカットすると決めていたので次で最後です。もっと区切らないでがっつり載せたら良かったですね。

 次の場面を描きたくて書き始めたSSだったのでした。うーん。よくわからないことになってきちゃったぞ。