たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし

 コミケからひと月が経過したので、少しずつ二次創作物を供養していこうと思います。思いつきです。紙代をいただいた方は悪しからず。

 

 

 

『熊出村の呪い』

 

1.

 

――東北のどこか、山奥。

 その村では、山の神の使いとして熊を神聖なものとし、祀っていた。

 全国的にも珍しい信仰。しかしその村では、他の地域にはない特別な事情により、その信仰は篤く、篤く村人に根付いていた。村人はその特別な事情を村外不出の秘事とし、この情報化社会においてまで、粛々とそれを守り続けてきた。

 そんな閉鎖的な山村、『熊出村』に未だ残る、忌まわしい秘密とは――

 

   *  *  *

 

「はいどーもー! ボクはしゃべるクマYouTuber、クマ井のナッちゃんでーす! 今日はまた、ここ熊出村を散策しながら村の魅力についてのんびり語っていきたいと思いまーす!」

 緑眩しい夏の山の中で、画面越しには本物にしか見えない熊がヒトのように二本足で立ち上がり、日本語を話しておどけていた。

 そのまま意気揚々と未舗装の山道を進み、雑談風のひとり言を話す熊。少し急な斜面を登り切ると、木々が開け、熊はアスファルトの車道に躍り出た。音声や字幕がなければまるで動物絡みのハプニング映像だ。

 そんなことはお構いなしに、熊は快活に話し続ける。強い陽射しを受け、その整った毛並みの体毛がきらりと光った。やがて熊は何かに気付いた様子で立ち止まり、声を上げた。

「おーっと、クマ出没注意の標識がありましたねー。じゃあさっそく行ってみましょう! ――ミュージック、スタート!」

 ごきげんなミュージックが流れはじめる。そして熊は画面外に消えると、しばらくしてから「はい、ひょっこりクマーン!」と言いながら、標識からひょっこりと顔を出した。十分な間を置いて、画面は暗転した。

 それから動画は山を歩く熊を映し、脇道に逸れ、沢に入る熊を映した。熊は例の動作で魚を獲ろうとするが、あえなく失敗に終わったりする。

 しばらくの間、代わり映えしない山林の景色の中で活動する熊を捉えた画が続いたが、最後は木材のふんだんに使用された屋内に画面が切り替わり、その中央に立つ熊がくるりと振り返って小首を傾げ「モキュ?」と鳴く決め台詞により、動画は締め括られた。

 

   *  *  *

 

「どうかな?」

「どうって、いつものナツじゃない?」

 ナツの問い掛けに、私はクッションの上に腹ばいになりながら先程まで映像が映っていた板状のパソコン(?)を揺らす。磨かれた床板のひやりとした感触が心地好い。

 ここ、熊出神社は表向き無人神社を謳っているにもかかわらず、拝殿内部は傷んだ様子もなく、清潔で、がらんとだだっ広い。

 それもそのはずで、私が多くの時間をここで過ごし、毎日のように清掃をしているためだ。

 休日はもちろん、平日も放課となればそのまま神社まで帰ってきて、部屋着よろしく巫女装束に着替え、日が暮れるまでそこにいる。そんなものだから、奥の本殿には快適に過ごすためにかなりの資材があるし、ナツのための無線LANも完備されている。

「リアルに存在している感じを売りにするべきだと思うんだ。だからいつもの感じでいいんだよ! それがシュールというか」

「うーん……でもこれ、これをいったいどうするの? いろんなとこに置いてもらうのかしら」

 ナツのやっていることがいまいち理解できない。動くポスターみたいなものをいっぱい配置することで、親近感を持ってもらおうということか。

――これもやっぱり都会っ子は使いこなしているのよね。苦手だからって逃げてちゃダメね。

 そうやって自分を鼓舞してみようとするが、そもそも触ると良くないことが起こるので機械全般が怖いのだった。苦手というより怖いのだ。

 そんな私の葛藤など露知らず、それでもナツは説明を試みてくれる。

「この動画は、動画投稿サイトにアップロードするんだよ! この映像が、全世界に公開されるんだ!」

「もー、ナツったら全世界だなんて大げさね!」

「確かに全国の人にすら観てもらえないことには、だもんね」

 そんなナツの優しさはわかるだけに、私は理解が及ばないことを曖昧にぼかして、ナツの胸元の毛をそろりと撫でた。機嫌を損ねないでほしいという気持ちの表れだった。

 そんなある意味繊細な会話をしていると、それを打ち破るような勢いで入口の簾が捲られた。

「おーおー、やってるな!」

「あ、よしお」

 テンションも高く部屋に入ってきた従兄の雨宿良夫にナツが振り向き、そっぽを向かれた形となる。

――よしおくん、空気を読んで!

 私は口をとがらせ、無神経な彼をにらんだが、まったく動じていない。

 そんなよしおくんの態度は、それでいて人見知りな私にとっては心地好く、素の自分を出せる数少ない相手のひとりであった。そうではあるのだが、その底抜けの明るさと社交性は自分には無いもので、その眩しさに劣等感をちくちくと刺激されることもある。それが少々の悪態となって表に出てしまうことは仕方がないことではないか。

 そんな呪詛吐く巫女の世話役として、業務中のはずの日中にも度々この神社を訪れるよしおくん。しかし今は私の世話役としてではなく、役場の職務として来ているらしい。

「どれどれ、オレにも見せてくれよー」

「編集はやっぱり一筋縄ではいかなくてさ……技術的にもそうだけど、やっぱりセンスが――」

「そうだよなー。でもプロに頼むような予算はないぞ!」

「わかってるよー。ボクも興味はあったことだったし」

 さっそく仕事の話が始まった。

 機械の話でさらに仕事の話ともなれば、はたで聞いていてもちんぷんかんぷんである。

 ふたりが楽しそうに知らない話をしているので、私はまた口をとがらせ、余所を向いて膝を抱えた。ナツはそんな私のそんなわざとらしいかまってちゃんな態度を認めるとそれでも呆れずに会話を切って、「だからまちの力も借りたいんだ!」と私も話に加えてくれる。

 うれしいけれど、同時に、そんな風な態度をとってしまう自分を恥ずかしくも思う。

「な、なによ……! どうせ私に手伝えることなんて何もないわ」

「そんなことないよまち! これはね、かわいらしさに敏感な女子にしか頼めないんだ!」

「そうそう! 『ナッちゃん』といつも一緒にいるまちだからこそ、その魅力の発信に一役買えると思うなー」

「ほんとに?」

 言葉には素直に同調できなかったが、よしおくんにもそこまで真っ直ぐ言われてしまうとすげない態度を取り続けるのも難しかった。ナツがさらに諸手を上げてたたみかけてくる。

「ホントホント! ねえまち、ボクのチャームポイントってどこだと思う?」

「え? そ、そうね……」

 尋ねられた私は遠慮がちな風を装いながらも、眼光鋭く流すようにナツの体躯を見やった。

 魅惑の毛並みの背中。マズルとその下の弾力に富み濡れ光る口唇。もったりとしたフォルムとその触れることを拒まれてしまうことで生じる稀少価値がさらに私の情動を煽りたてる臀――

「ねえちょっとまち! 会話を放棄しておさわりはやめて!」

「あ? え? うそ、私触ってた?」

 ナツに押し戻されるまで自分の行動に気がつかなかった。どうも考えながらも体が衝動を抑えきれなかったみたいだ。しかしこれほどまでに私を狂わせる、そのボディは全身まるごとチャームポイントであるということにほかならないのではないか。

 そんなことは口に出せなかったが、よしおくんは「うんうん。そうだよな……やっぱりその体そのものの魅力もな――」などと呟いている。どうも私の行動が如実にそれを物語ってしまっていたらしかった。

「えー。でもやっぱり、何か派手なこともしていかないと」

「それはそれで、今の出来ている感じでいいんじゃないか? オレが思ったのは、画の撮り方を含めたことで、こう、陽射しを受けて毛並みのリアルさが艶めかしいような短いシーンを――」

 ナツの魅力を引き立てるようなものを作る。ということで話がまとまったらしかった。

 私でも少しは役に立てたのだろうか――しかし、私のナツへの欲望が反映されてしまうようで少し恥ずかしい気もする。同時に、その魅力を自分だけの秘密にしておきたいような気持ちも、確かにそこにあったのだった。

 

 

つづく


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