たしかに正しいけど、その通りだけど。

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くまみこのはなし4

4.

 

 単なるクマとして生活をしていた頃は、それこそ自分の興味のあることばかりに時間を割いてきた。一番の関心事はまちに係わること全般であることは揺るがなかったが。

 好き勝手やらせてもらっている中で、少しでも意味のあるクマ生(じんせい)にしていこうという気持ちが芽生えることは必然と言えた。

 意味のあるクマ生(じんせい)とするには、この時代を生きるこの立場のボクとして、まちの存在を第一義に据えつつ、どのようにしていったらよいのか。

 そのためのちょっとした自己流の哲学、簡単に言えば自分ルールもしくは生きる上での目標を定めることにした。

 

  • まちが幸せになること
  • まちが幸せになるために、村の存続を図ること
  • 村の存続を図ることに際し、この代で可能な限りしがらみを取り除くこと
  • これらを完遂するため、可能な限り自分を保つこと

 

 ひとつめは当然のことだ。

 ふたつめは、これは本人の意志が絡むところであるが、実際問題、彼女が熊出村以外の一般社会で生活をしていくことは困難だろうと思う。それは彼女をそのようにしてしまった村が全体で護るべきだ。

 3つめは、日本社会の成熟と巫女の代替わりのタイミングからして、今しか穏便には為し得ないことだと思う。

 高度に情報化され、あらゆる秘匿が困難な社会。しかし一方では、インターネットの力をもってすれば地理的な不便さを多少埋めることもできる。安定した経済基盤が形成されれば、村を出ていく必要がなくなるのではないか。

 代替わりのタイミングとはすなわち、まちの祖母である先代巫女のフチ、そこからまちまでの間が一世代抜けている現状のことだ。心根の良くない言い方をすれば、フチさえ不在となれば新しい風を吹かせやすくなるということを意味する。もちろん、暴力的に訴えようなどという考えはない。あくまで時が来れば「自然とそうなる」ということだ。

 4つめは一応。フチが亡くなりでもすれば名実ともに村の巫女として唯一の存在となるまち。彼女を近いところで庇護してくれる存在としては、ボクが消えてもよしおがいるわけだけど、彼はまちの幸せを必ずしも優先してくれない、かもしれない。まちより村という彼の考えは、一方でボクの狭くなりがちな視野を補助してくれるのでありがたくはあるのだけれど。

 誰かに指摘されるまでもなく、ボク自身、まちほどには長く生きられないことはわかっている。それまでにはまちをどうにか立派な巫女として成長させたい。もし、彼女が一度村外の高校・大学に通いたいというのであれば、その後しっかりと村に戻ってくることを見届けるまでは、頑張って生きてみようと思う。

 そんなわけでこの現代社会に適応するためにインターネットの知識をはじめとした新しい技術や流行を把握していくことに努めている。それはクマとしてだけでなく、村のマスコットキャラクターとして少し社会に出るようになった今、より実体験を伴った理解ができるようになった。

 理解が深まったことで確信に変わったことがある。

 熊出村は、そのまま時代に取り残されて行ってしまえば、確実に近い将来破綻してしまう。

 よしおの進めたい地域振興は村の存続という目標に合致する。応援しなければならない。

 マスコットキャラクターとしてゆるキャラの大会にも出場するし、地方テレビに出演もする。SNSでアカウントも作るし、動画サイトに自作の動画を投稿したりもする。

ボクがそういった露出をしていくことを良く思わない村人もいるだろうとは思う。

 それでも、ボクの活動に対してクマ井の中枢機関として君臨する「婦人会」だって承認しているし、フチも認めていることだから表立った文句は出てこない。

 新しい風を吹かせていかなければ。

 ああしかし「婦人会」、「クマ井」の代表。長としてのボク――

「クマ井もな……」

「お悩み中か? まちがいるところではあんまそういう話するなよー?」

 つい口をついて出てしまった考え事を、タイミング悪く現れたよしおに拾われてしまった。「ノックぐらいしてよ」と抗議の声を上げたが「もちろんしたさ」なんて簡単に返されてしまう。

 時計を見ると正午を過ぎてしまっている。

 最近生活ががらりと変わって目まぐるしくなったこともあり、自室に籠ってゆっくりと考え事をと思ってはいたのだが、ちょっとゆっくりしすぎたようだ。

「まあ、よしおならいいけどさ……」

「オレとナツの仲だもんな――っと」

 手に持った紙袋を「よいしょ」と置くと、よしおは近くに腰下ろして柔らかい苦笑を向けた。

「ああこれ、また貢物ね。しかも今日は村外から! 『ナッちゃんへ』っていって届いたんだ」

「わ! そんなことあるんだね! 反応がこんな風に目に見えるとうれしいな……どれどれ……」

「伝票に精密機器って書いてあったから食べ物じゃないと思うぞ」

「そんなにボクは食いしん坊じゃないよ! ……あれ、これって」

 受け取った袋を開けると、中に入っていたものはあまり見憶えのない機器だった。しかし箱の背面を見て合点がいく。

「もしかしてモーションキャプチャとかに使うやつか? 流行ってるもんなー。配信、観てくれてるんだな」

「そうみたいだね……でもこれ、表情とかボクでも検知される、わけないんだよね」

「着ぐるみ脱げばいけるって思われてるんじゃないの?」

 そう言ってよしおは意地の悪い笑みを作った。

「まったくよしおはまたそういうことを……」

 そうは言っても本気で咎めるような気持ちはなかった。よしおもそれをわかっているようで、少々腹立たしい。

「わるいわるい。……それはそうと、クマ井のことでまた何かあったのか?」

 軽口を叩いていたよしおは一転して神妙な面持ちとなってボクに尋ねた。「何かがあったわけじゃないよ」と答え、腰かけていた回転椅子ごとよしおの方に向き直る。

「ただね、ちょっと将来のことを考えてた」

「……クマ井の行く末か?」

「そうだね……それも含めて、いろいろと。クマ井とこの村は一蓮托生だからね」

「そっか」

 やや下を、ちょうどボクの膝辺りの中空を見やりながらよしおは相槌を打った。何かを目まぐるしく考えているときの彼の癖だ。そしてその数瞬あとには小さく幾度か頷きながら、物事の整理がついてしまう。

「オレも協力できることは、なんでも協力するよ。まちには……延いては、村のためにナツはなくてはならない存在だから」

「……そうだね。わかってるさ」

 少し含みのある返答をしたところで、「あ」と彼は慌てた様子でボクに目を合わせると、「もちろん、ナツのこと単体でも大切に思ってるぞ」と付け加えた。

「はは、ありがとうよしお……そんなよしおがいれば、まちも安泰だよ」

「――お前の幸せも重要なんだ。まちだってそう思ってるよ。みんなが幸せな方が良いに決まってる」

「……そうだね」

「特にナツのことは、ずっと一緒に過ごしてきたんだから、ほかの誰よりもそう思ってるはずだ」

 そう、だろうか。そうであっても、いずれ別れの時がきてしまう。そしてボクの方が彼女よりも確実に早くいなくなる。

「ずっと過ごし続けることは無理だなあ」

「だからって心中みたいなことはやめてくれよ?」

 物騒なことを言う。それから続けて「まあそうなったらこの村はおしまいだな」なんて冗談めかして言ったが、ボクは思う。

――そうしたらよしおだって後を追うくせに。

 

   *  *  *

 

「はあ……」

 しばらく感傷的な空気となったが、我慢できなくなったボクは思わず溜息を吐いてしまった。

 よしおは申し訳なさそうな表情を浮かべた。彼が何かを言いだす前に再び話しはじめる。

「愚痴を聞いてもらっちゃって、ありがとう」

「いやこっちこそ……オレ聴き上手じゃないからさ、上手い返しができないけどな」

 そんなことはない。腹を割って話すことができる唯一といっていい存在であるよしお。相談をして、何か共感をしてもらいたい、解決をしてほしいわけではない。ただただ、胸の内を吐き出すことができる、それだけでもありがたいことであった。

「でもいつもはさ、まち相手にちょっとでもこんな雰囲気になったら、とにかく過剰にスキンシップしてぱーっと発散しちゃうのにね!」

「お? いいぞオレにも! どーんと来い!」

「いやいや……よしおにどーんといったらケガするでしょ」

 勢いよく立ち上がり両腕を広げるよしおに、ボクは冷静にツッコミを入れた。

 よしおは心底残念そうにしながらしばらくその体勢をとっていたが、無視を続ける。

「……わかったわかった。あきらめるよ!」

「わかってもらえてよかった」

「ほのかのときに懲りてるからなぁ……そりゃ、ナツとほのかを比べるのは失礼だと思うけどさ」

 よしおは以前、寝起きのほのか――クマ井の雌クマでボクとは幼馴染――にケガを負わされて、何針も縫ったことがあった。故意に負わせた傷害ではなくとも、悪くすればそういう事態を招きかねないということだ。

「でもその点まちはすごいよなー」

「まあ鍛え方が違うからね。冬前には毎日のように薪割りしたりするし」

「しかもかなり小さい頃からな」

 そう。ボクの憶えている限り――5歳くらいだろうか――以前からずっと薪を割っていた。

 フチに命じられて、とのことであったが、あれのおかげで今は年中べったりすごせている。そのための鍛錬の一環であったのだろうか。というのも、クマのボクが幼女のまちと親密にしていたら、普通であれば簡単にケガをさせてしまうわけで。

 まちは自主的に木にぶら下げ丸太を揺らし、下に立ってそれをいなし続けるといった訓練もしていたと聞いた。ボクもボクで常に適切な力量を揮い続ける訓練をした。

 今の幸せな毎日は少なくない努力で成り立っている。これからだってあと少し、努力を続けていかなければならない。

 ボクより長い、まちの未来のために。

 

 

つづく


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