たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし7

7.

 

 しばらく歓談していたが、不意に山村さんが深刻そうな顔で尋ねた。

「あ、そうだ、この村って……泊まる所があったりしますか? 調べても出てこなくて」

「残念ながらないですね」

 本当に残念ながら。と、思いつつ、これはまたひとつ課題が見つかったと心にメモする。

「そうですか……そうしたら町の方に宿を探してみようと思うのですが……心当たりがあれば」

「うちに泊まったらいいですよ!」

 山村さんの言葉に即座に持ちかける。案内する道すがらにぼんやりと思っていたことだった。

 途端、ナツが「あのさ、よしお……」と苦言を呈する。

「ちょっといきなりそんなことを言われても、山村さんも困っちゃうよ」

「そ、そうよよしおくん!」

 非難の声多数だが、前に東京の親子がこの村に滞在したときにも、うちの庭にテントを張っていた。同じことではないか。

「でもなー……観光課にいながら村に宿がないなんて、そんな当たり前のことに気付かなかったのはオレの落ち度だし……」

 合理的な結論が出てしまっている以上、自分の中でもそれを覆すのは困難だった。

 それに、ふたりは騒いでいるが、本人の意思が一番大切だ。

「山村さんはどうですか? うち、上の兄さんが家を出てるんで、部屋は空いてるんですよ」

「……いいんですか?」

「決まりですね!」

 山村さんが予想に反して乗り気なのでナツもまちも言葉が出ないようだ。

「というわけで、無事に泊まる所も決まったところで、まだもう少し時間もありますので、案内の続き、行っちゃいますか!」

 呆気にとられているふたりを尻目に話をどんどん進めてしまう。山村さんが乗ってきてくれてよかった。さて、と山村さんと共に腰を上げ、身支度を整えていく。

「じゃあなふたりとも、ありがとなー」

「本当に、ありがとうございました!」

「は、はい……」

 なんとかといった感じで答えるまちと、黙って頭を下げるナツ。

 ふたりは何やら煮え切れぬ雰囲気を醸し出していたが、山村さんの貴重な時間を奪ってしまうことは申し訳ない。あとでフォローは入れておこう。

 拝殿から出る際、山村さんは「あ、ちょっと待ってください」と言って小走りでふたりのところに一度戻っていった。そして、何やらまちに耳打ちしている。

 まちは神妙な面持ちで小さく頷いていた。

 

   *  *  *

 

 山間のこの村では陽が落ちるのも早い。

 最近は顕著に陽が短くなっていて、冬が迫ることへのちょっとした焦燥感が募る時期だ。

「今日は本当にお世話になりました」

 自宅に至る道を走る車中、助手席の山村さんは礼を言った。

「いえいえこちらこそ、わざわざこの村まで来ていただいて……今もまだ感激してますよ!」

「私もです。本当に興味深い所で……来てよかったです」

 もし、希望的観測ながらこれから観光客が増えていくとすれば、そもそもこんなに時間を割いて案内はできないだろうし、おそらくこんなにこの村のことをわかってくれる、自分と気の合うような人はめったに現れないだろう。

 だから今のそれは本当に心からの言葉である。

 来てくれたことにもそうだが、その山村さんという存在に出会えた僥倖に感激していた。

 幸せな気持ちを抱きながら他愛もない会話をする。時々村のことを話す。それに対しての反応も、これまでオレが接してきた多くの人のそれとは全然違っていた。

「でも山村さん、本当にすごいですよね……なんというか、知識量が。学生時代、研究でもされてたんですか?」

「いえ、完全に趣味ですね……今はほら、ネットで調べればいろいろと出てきますから」

 謙遜する山村さんだが、調べるだけでなくこうやって実地に足を運ぶのだから大したものだ。

「今日いろいろと話しましたけど、ここまでちゃんとしたやり取りができたの初めてなんですよ、オレ。ここらの人にとっては村なんて日常なんで……」

「ああ、それはそうなのかもしれませんね。でもきっと、これから熊出村の知名度がアップしていけば、私みたいな人もいっぱい来てくれるようになりますよ。いい所ですから」

「頑張りますよ!」

 世辞かな、と思ってもやはりうれしいことを言ってくださる。

 いい気分で運転していると時間は短く感じるもので、もう自宅が見えてくる。

「ああ、あれですうち。車庫の中狭いんで、着いたら先に降りてもらえれば!」

「わかりました」

 家の敷地に入ると玄関近くまで車を寄せ、山村さんを降ろす。それから車庫入れをして、玄関に向かった。

「ただい――っと、びっくりした。なんだよおふくろ」

「さあさあ、早く入って入って!」

 玄関で出迎えたおふくろはすでに歓迎の態勢に入っていた。ぐいぐい来る。

 彼女には山村さんを泊めることなど連絡をしていなかったが、もう村中に来訪者の存在は知れ渡っているらしい。面倒な説明をしなくて済んだのはありがたかったが。

 

   *  *  *

 

 夕食後、恐縮した様子の山村さんに話しかけられる。

「すみませんが……まちさんに連絡って、とれますか?」

「どうかしました? 忘れ物?」

 そう訊いてから、神社の去り際にまちに耳打ちしていた姿を思い出した。

「いいえ、ちょっと――」

「ああ、いいですよ! ちょっと待ってくださいね……ケータイ通じないですもんね」

 言いながらスマートホンを取り出し、ナツとのチャットウィンドウに「山村さんがまちに会いたいんだって」と、話を投げかける。

「よし……あとは反応を……おお、返信が来ましたよ――ほう、まちから来てくれるみたいです」

 そりゃ自宅に来られたらナツも落ち着かないだろうからな。

 あと、今ばあちゃんは不在にしているけど、帰ってきたりしても面倒だし。

 山村さんは「悪いですよ」などと言っていたが、そんな事情もあり「夜道が――」とかなんとか言ってなだめる。

 そういえばナツにも今日のことをお礼言っておこうか。最後の方、結構強引に切り上げてしまったこともあるし。

「そうだ。オレもちょっと別件で用事があるんでした。まちが来たらちょっと出かけてきますね」

「急ぎのお仕事が残っていたとか……?」

「違いますよ! 大丈夫ですお気になさらず! ゆっくり話しててくださいね――なんなら、まちもうちに泊まるように言いますよ。明日は休みですし」

 オレの言葉に、山村さんはさらに恐縮していたが、お泊りの件も含めてナツに話してみることにした。その言い訳もすぐに思いつく。

 まちにとっても、村外の人と関わることはきっとプラスにはたらくに違いないから、と。

 

 

つづく


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