たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし16

16.

 

「起きなさい」

 その声に、私は意識を取り戻す。

 目を開けるとそばに吊るされた裸電球の橙色の光が視界を焼く。

 手を翳しながら目を細めると、私に話しかけていたのは見知らぬ老婆だった。

 また寝てしまっていたらしい。今が何日の何時なのかわからない。

 おなかが空いた。喉が渇いた。

 とりあえず体を起こすと、自らの置かれていた場所がどうなっていたかが知れた。

 岩を人工的に掘られた洞窟。上を這う電線。最低限の光源。行き止まりに設けられた鉄格子。

 普段は何も置いていないのだろうか。私を置いておくために運び込まれた布団がひどく浮いて見える。

「騒がないか。たいしたもんだ」

 老婆の言葉には黙する。口ぶりからすれば彼女がフチか。

 この後何か碌でもないことになることは明白だと思ったが、避けられそうにない。

 避けられない以上、様子を見守るよりほかないと思っていた。

「水を」

 フチがそう言うと、背後から熊の毛皮を着込んだ男がお椀と水甕を持ち込み、柄杓で甕の中の水をお椀に注いで差し出した。

 何が入っているかわかったものではないが、ここで断ることもできず、私はそれを受け取ると一気に飲み干した。それを見たフチは頷くと、男が私の手からお椀を奪い、もう1杯水を寄こす。

 2杯目は何度かに分けて飲み干す。3杯目をまたつがれる前に、私はもういらない旨を示した。

 彼女は素直にそれを聞いて、男を制する。

 このまま甕の水を全部飲まされるのではないかと恐ろしく思っていた私だったが、その予想は外れ、安堵した。

「じゃあ一度、そこに出ろ」

 フチは格子の外を指さしてそう命じた。

 私は掛け布団を手繰り寄せながら立ち上がろうとして、足を縄で縛られていることに気が付く。それを見ていた彼女は、腰から素早く小刀を抜くと、足の縄を切って、「それは仕舞うから置け」と、布団を指さしながら言った。

 さすがに男の視線は気になったが、言われるがままにそれを置き、胸を腕で隠しながら立ち上がる。脇腹の痛みも相まって動作がぎこちないが、歯を食いしばって耐えた。

 そうして幽閉されていた檻から抜け出すと、熊の毛皮を被った男は私の口を布で覆って頭の後ろで縛り、目隠しを施した。

 再び暗闇に包まれる。

「座ってちょっと待て」

 そう言われ、私はその場に腰を下ろした。

 素直に従っているが、逃げるようなチャンスがない。体さえ負傷していなければなんとかなったかもしれないが、それは仕方がないことだ。

 何をされるかわからないという恐怖はあったが、その感覚は鈍麻していた。

 巫女装束と思しきフチの格好、そして熊男の毛皮に付けられた装飾。

 アイヌ民族儀礼装に酷似しているではないか。

 自らの危機にそんなことを思っているなんて、とは考えたものの、そんな現実離れした今がまぎれもない現実であるということに、私は徐々に絶望感を強めていった。

 

   *  *  *

 

 少しして、複数人がこの洞窟に足を踏み入れてくる足音がしはじめた。

 ようやく気が付いたが、どうも外は雨が降っているらしい。獣と土の濡れた臭いを強く感じる。

 何者らかの足音は段々と近付いてくる。身を固くして縮こまっていると、何人かはそのまま私の目の前を通り過ぎて行く。それからすぐに目隠しだけを解かれた。

「……」

 案の定、というべきか。

 新たにやって来たのはナツさんと巫女姿のまちさん。それから良夫さんもいたが、彼は目隠しをされたまま鉄格子の向こうに入れられたところだ。

 あとは儀式の補助のためか熊男が3人、全部で4人になっていた。

 周りの様子も変わっている。新たに様々な祭具が運び込まれ、右奥に鉄格子に掛かるようにして独特な祭壇が設置されていく。

 祭具には輪の付いた鎖、装飾の独特な弓矢、何かの薬壺らしきもの、斧か鉾のような刃物、畳まれた白い布、固定具のようなもの、漏斗、何かの器。そしてその用途を考えたくもない美しい布で飾られた寝具らしき一式と、どう見ても男性器の形状をした張り型など。

 こんな状況でなければ興味深そうなものばかりであるが、今は悪いことに完全に当事者となってしまっている。ああ、単に文字に起こされているものを読む立場であったなら――などと現実逃避をしてしまいたい。

 おそるおそる各人の様子を確かめる。檻の中の良夫さんと準備を進める男たち以外は微動だにしていない。フチはもちろん、ナツさんと、まちさんでさえもまるで仮面のような無表情で中空に目をやり、黙って立っている。

 良夫さんの状況はといえば、服を着ている以外は私と同じように戒められているようだ。

 彼と目が合う。必死に何か訴えかけてくる。

 私は異常な状況に羞恥心はなくなりかけていたけれど、情けない感情から目を伏せた。

 熊男たちがその作業を終えたらしく洞窟の端に並び、恭しく頭を下げた。

 ついにそのときが訪れてしまう。

「じゃあ、姫をそこに」

 姫、とは私のことか。その呼称がこの儀式での役割を如実に語る。

 熊男ふたりはしゃがんでいた私を強引に立たせると、空間の中心に敷かれた布団のような祭具の前まで移動させ、白い襦袢を羽織らせて布団の中心に座らせた。そして固定具を一組み持ちだすと、両脚を踵が臀部に付くような、正座を崩した――いわゆるお姉さん座りやアヒル座り――の形で固定した。膝と膝の間に渡された弓なりの棒で脚を閉じることができない。

「始めるか。今回は前回と違い、姫が調達できたんで正式な形だ。カッパを追う必要もない――」

 フチの呟きに被さるようにして柏手が打たれ、唄が歌われ、メインの儀式が始まった。

 

 

つづく