たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし17

17.

 

 一定のリズムで打ち鳴らされる柏手。

 その洞窟の形状から、拡声器のように反響が集落の方まで響くようになっているのだろう。

 まちは前に出ると祭壇の前で祝詞を唱えはじめた。

 柏手の調子とそれに合わせた祝詞に従い、熊の毛皮を上半身に被った男たちが舞い踊る。彼らはそのまま練り歩き、怯えた様子の山村を囲んで周回する。

 やがてその輪は小さくなっていき、熊男ふたりで両側から彼女の体を布団に押さえつけた。

「……! っ、んん……ぐ――」

 彼女は少し抵抗を見せるが、痛みからか体を強ばらせると、諦めたように大人しくなった。

 電球の光がちらちらと揺れる。狭い洞窟内に熱気が満ちはじめる。

 姫の体勢が整うと、もう一人の誘導役の熊男に導かれたナツが四足でその周りを何周か練り歩き、ややあって彼女を正面に捉える。生贄の生娘に出会った山神を表現しているのだろう。彼女押さえていた熊男たちがその膝を引き上げると柏手がそこで一度止み、同時に彼女からぐぐもった叫び声が上がった。山村はまだ下着を着けているため秘部が直接晒されてはいない。

 そしてナツが誘導に従い、その差し出された陰部に顔を近づけた。柏手が再開され、そのテンポを上げていく。後ろから補助の熊男がナツの腰に張り型の付いた帯を回し、それを固定した。さらに柏手は速く打たれ、ナツが激しく荒ぶった動作を見せる。山村の体が強ばる。

 そしてナツが十分に荒ぶったことを確認した押さえ役の熊男たちが、山村の下着を乱暴に剥ぎ取った。さすがの彼女もこの段にあっては泣き叫び、体を弓なりに反らせて逃れようとする。

 容赦なくナツが覆い被さっていく。すかさず、男が潤滑油を張り型と山村の晒された局部に塗し、張り型をその場所に誘導する。ナツは一声吼えると、ゆっくりと腰を進めていった。

 その光景に良夫は一度目を逸らしたが、脇に立つフチがそれを許さない。

「ちゃんと見とれ! 初めからやり直すぞ!」

 脅された良夫は渋々顔を向けた。そのときふと彼はまちの様子を伺ったが、まるで人形かのようにぴくりとも動かずその光景を静観している。

 山村は良夫の目など気にする余裕がなく腰をくねらせ抵抗するが、男2人とクマ1匹がかりで押さえ込まれては逃れようがなかった。

 黒い張り型がその割れ目に徐々にめり込んでいく。電球の光が柔らかくその硬く滑らかな張り型の表面を照らしている。

 そしてたっぷりと時間をかけ、それがすべて山村の中に収まった。

 押さえていたふたりがさっとその場を離れ、あとはナツがのしかかるようにしてぐいぐいと腰の物を抽挿していく。山村は唸り声を上げ、死に物狂いで口を塞ぐ布に拘束されている手を掛ける。流し続けた涙が鼻汁に変わり、呼吸が困難なのだろう。酸欠で顔色が悪くなっていく。

 山村が苦しむ中、先程儀式の補助をしていた3人の熊男は、壁際に下がり、それぞれに自身の性器を握ると、激しく刺激していた。その暴力的かつ官能的な光景に我慢ができなくなった、というわけではもちろんないだろう。

 やがてひとり、またひとりと熊男たちは達し、出てきた子種を小皿に受けた。最後のひとりが全員分のそれをひとつのぐい呑みほどの大きさの器に集める。

 集め終わったタイミングでナツは最後の一突きをすると再び咆哮し、しばらく痙攣した。

 そして張り型を抜き去ると、すかさず熊男は山村に腰を高く掲げる体勢を取らせ、もう一人が秘所に漏斗を差し入れた。ようやく蹂躙が止んだときには彼女は意識を失っていた。その口を塞いでいた布も外される。かろうじて息はまだあるらしい。

 漏斗に白濁した液体が注ぎ込まれていく。

 熊男は匙を使って最後の一滴まで流し込むと、さっと漏斗を引き抜き、丸めた綿のようなものを膣内に詰めると、長い棒を使って深々と突き入れた。

 その後回復体位を取られてもなお、山村は意識を失ったままだった。

 一方で、山村から離れた後のナツは腰の物を外されると、まちにより前後左右の足を鉄格子に繋がれていく。これで儀礼の第1部が終わり、第2部の役についていくわけだ――

「まち、今までありがとうね。いろいろなことがあったね」

 ナツはまちに対し感慨深げに話しかける。フチは「ナツ、黙れ」とたしなめたが、ナツは鉄格子に寄りかかって座りながら嘯いた。

「ちょっと話すくらいいいじゃない。これが最後なんだから」

 まちはナツの方を見ようともしない。ナツの独白はぽつりぽつりと続いている。

 やがてナツは、そのやり取りに紛れて後ろ手にはらりと紙を落とした。

 良夫がそれに気付く。そして不自然にならないようにしてそちらに近づいていく。

「ナツ……ありがとうな」

 そして泣きながら項垂れた。フチは何かに気付いた様子はない。

 良夫はさっとその紙を拾い、胡坐を組んだ脚の間に置いた。そこには何か軟膏のようなものがべったりと付着しており、活字が打たれていた。

『この毒をボクの爪に塗って』

 それがなんの毒かまでは書いていない。良夫は一瞬逡巡したが、素手でその軟膏状の毒を掬うと、ナツの両手の爪にまんべんなく塗りたくっていく。

 ふと彼が顔を上げると、その一部始終をまちが見ていた。冷や汗が吹き出たが、まちはなんの行動も起こさない。言われたこと以外何もしないことになっているのだ。

 フチはその間、山村が仕込まれる様を見守っている。ここが肝要なのだろう。

 そんなフチの意識が良夫に戻る前に、彼は山村が凄惨な目に遭うところをしっかりと見る。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら。

 

   *  *  *

 

 儀礼の第2部が始まる。

 まちは再び祭壇前に座ると、祈りを捧げはじめた。

 山村は目覚めないままに祭壇の前に据えられている。

 熊男が薬壺を開け、矢を3本取り上げた。そしてその矢尻を順番にそこに浸していく。

 祈り終えたまちは恭しく差し出されたその矢を受け取った。弓矢を携え、舞い踊りながらナツに近づいていくと、そのまま躊躇なく射かかった。

 毒矢はまっすぐ飛ぶと、違わず標的に命中する。痛々しい悲鳴が洞窟内に響き渡った。続けて2本目、3本目と放たれた弓は、腹部に2本、肩口に1本深々と突き刺さった。

 良夫は泣き腫らした目でそれを凝視している。

 やがて、ナツの動きが衰え、呼吸が浅くなってきた。その様子を確認したのちに、石で出来た台が3人がかりで運ばれてきて、ナツの傍に置かれた。その時だった。

「グァアッ、ゴォァアアアッ!!」

 ナツが突然暴れ出した。近くに来ていた3人に一気に襲いかかる。

 首筋を裂かれ、嘘のように血飛沫が舞う。腹部を抉られ、膝から崩れて自分のはらわたに倒れ込む。胸腔を穿たれ、呼吸ができずにもがき苦しむ。阿鼻叫喚の地獄めいた光景。

「な、なんじゃ、毒が効いとらんか?!」

 さすがのフチも慌てふためいた。祭具の斧を一度手に取ったが、にやりと笑うとそれをまちに託した。

「まち、早くやれ! 脚か腕じゃ! 落とせ!!」

 まちが相手であればナツは何もできないだろうと踏んだのだった。まちにそう命じると、自らはナツから距離を取る。

 ナツは狂ったように暴れている。鎖が軋む。鉄格子が歪む。今にも放たれようとしている風に見えた。フチから斧を受け取ったまちは、素早い身のこなしでナツに斬りかかると、いとも簡単に左手を切断した。ナツの咆哮が洞窟内に響き渡る――

 辺りは血の海といった凄惨な様相を呈している。裸電球には血がべったりとこびりつき、赤く禍々しい光を放っている。

 この騒ぎでようやく山村は意識を取り戻した。耳を劈くような咆哮。見ればまちによってまさにナツの手が切断されたそのときだった。撥ね飛ばされた手首はあろうことか彼女のすぐそばに落ちた。山村は徐にそれに手を伸ばした。そしてまだ温かいそれを取り上げる、中身がずるりと地面に落ちた。

 白い、人の手だった。

 山村は叫ぶでもなく、小さな動きで辺りをゆっくり見回した。暴れるナツにまちが何度も襲いかかっている。それを注視しているフチは彼女が目覚めたことに気付いていない。

 ふと見れば、鉄格子の向こうの良夫は山村が意識を取り戻したことに気付いたらしく、激しい動きで何かを伝えようとしているようだ。彼女は手中の毛皮に目をやった。良夫が強く頷く。

「ぐぁっ! な、なん……」

 まちの猛攻にあって、悲鳴を上げたのはフチであった。

 山村がナツの切断された手首を持ち、その鋭い爪で首筋に切りかかったのだった。

 フチは苦しげに首筋を押さえ、瞳に殺意を漲らせた。憎しみのあまり言葉にならない叫びを上げながら腰の小刀を投擲したが、バランスを崩し――刃渡り10センチほどの小刀はまちの腹部に深々と突き刺さった。

 凍りつく面々。しかし、まちはそれを意に介さず、抜くこともせずにそのままナツへと踊りかかっていった。ナツはこの時を待っていたのだろう。

「――っ!」

 まちの斧を残った手で受け止めたナツは、背面から彼女を抱きすくめるようにすると、耳元でいつもの言葉を囁いた。まちは眠るように崩れ落ちた。それを見届けたナツも、彼女を守るように抱きながら鉄格子にもたれかかった。

 良夫が大きく戦慄きながらナツに近づいていく。足が血溜りを踏む。その足に感じる生温かさはナツの腕から止めどなく失われていく命そのものだった。

「よしお……ごめん。まちが……酷いケガなんだ……」

 かろうじて形の残った右手でゆっくりとまちを床に寝かせるナツ。誰のものとも知れぬ血に塗れた巫女服は元の模様もわからない程になっている。

 良夫は口の布を千切れんばかりに噛み締める。見開いた眼からはぼろぼろと涙がこぼれた。

 彼は震える手をナツに寄せ、その切断された方の腕に触れた。そのまま腕を辿り、ゆっくりと下に――切り離されたその部分から、わずかに覗く膚を確かに目にした。

「ううううううううっ!!」

 良夫は激しく泣きじゃくりながらナツの腕を持ち上げると、それを覆っている毛皮を剥くように捲った。血色の失われた青白い膚が露わになる。再び激しく声を上げた良夫は泣きながらそれを慈しむように頬ずりしはじめた。

「くすぐったいよ……はずかしいよ……やめてよ、ねえ……」

 ナツは力なく答えた。しかしもう体を動かす力も残っていないようだった。

 山村は放置されているまちの容態が最も憂慮すべきだと思い焦っていた。斧の刃を使って縄を切り、口の布も剥がすと、倒れ伏すフチの着物から鉄格子の鍵を見つけ、それを開け放った。

「良夫さん! まちさんを運ぶのを手伝って!」

 良夫は当然聞いていない。彼の気が済むまで待っている時間はなかった。

「ナツさんの、言葉を聴けってんだよ!!」

 山村は良夫の胸倉に掴みかかると、声を荒らげた。そして頬を張り、もう一度言う。

「いいからナツさんの言っていることを、聴け!」

 そして彼の髪を掴み頭を鉄格子に叩きつけると、ナツの顔の近くに押し付けた。

「まち……まち……しなないで」

 ナツの目はもうどこも見ていない。うわ言のようにまちの身を案じているのみだった。

「ナツさんの願いを、最後の願いを叶えなくて良いのかよ?! どうなんだ!」

 良夫の目がはっきりとナツの顔を捉えた。そして死んだように横たわる青白い顔のまちを見た。

 山村は良夫の戒めを解く。その頃にはナツはもう、言葉を発しなくなっていた。

「良夫さん……行けますか?」

「…………はい」

 消え入りそうな声で良夫は答えた。

 

   *  *  *

 

 山村とまちを抱きかかえた良夫がようやく洞窟の表に出ると、降りしきる雨と夜の闇に紛れるようにしてほのかが立っていた。事態は一刻を争うが、無視して横を抜けることは叶わない。

「ナツは――」

「な、中にいるが、もう……」

 ほのかの問い掛けに、良夫が絞り出すように答えた。

「……そうか」

 そっけなくほのかは呟いた。それから良夫の腕の中にいるまちを一瞥すると、「その巫女は、急いだ方がいい」とその身を案じた。

 しかし次の瞬間、敵意を放つと鋭い視線を山村に向けた。

「ただ、その姫と行くことは許さん――大事な仔を見逃すわけにはいかない」

「なっ……?!」

 言い返そうとする良夫を、山村が手で制した。ほのかが畳みかけるように言う。

「早く行かねば巫女は死ぬぞ?」

 山村は静かにほのかの元へ歩み寄ると、くるりと振り返って良夫の目を真っ直ぐに見つめた。

「私はこの村の大事な部分をめちゃくちゃにしてしまいました……良夫さんの大切なものをこれ以上、めちゃくちゃにするわけにはいかないですよね。まちさんと、ナツさんの遺志を――。大丈夫、死ぬわけじゃないんですから、ね?」

 そう言いながら雨に打たれる山村の表情は笑っていた。しかしその体はがたがたと震えている。

「いいから急いで! お願いだから、まちさんまで私に殺させないで!」

 怒鳴るような叫びを受け、良夫は踵を返すと一気に駆けだした。

 せめて腕の中に託された最後の約束を違えてしまわないように。

 

   *  *  *

 

 山村とほのかは洞窟内に戻る。ナツの亡骸を確認したほのかはしばらく動きを止めていた。

 そして何をするかと思えば、ほのかはナツの毛皮を脱がしていく。

山村がしばらく見守っていると、毛皮から解放されたナツが眼前に横たわった。

「あまり見てやるな姫。クマ井の雌は同族にも膚を晒さぬのだ……巫女と交わるとき――」

 話の途中でほのかは急に黙って、何かを察知したように辺りを見回した。それから呟いた。

「山神様が、お嘆きになっている……」

 そう言い終わるがいなや突然、地鳴りがしはじめた。

 電球が消える。山村の脳裏に嫌な想像が浮かんだ。

――山神、女神の怒り……龍神の……。

「ナツ……最期にお前といられてよかった」

 地鳴りが大きくなり、洞窟内に落盤が起こる。

 突然のことになす術なく立ち尽くしながらも山村は思った。

 これでまちもこの村の呪いから解放されるのではないか、と。

 

 

つづく


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