書き散らかし
18. 隣町の病院に負傷したまちを運び込んだ。すぐさま緊急手術となった彼女の処置をまんじりともせずに待つ時間、オレは川の深みに嵌まるように自分の世界に浸り込んでいった。 ナツの最期の様子や置いてきてしまった山村さんの表情が脳裡に代わる代わる…
17. 一定のリズムで打ち鳴らされる柏手。 その洞窟の形状から、拡声器のように反響が集落の方まで響くようになっているのだろう。 まちは前に出ると祭壇の前で祝詞を唱えはじめた。 柏手の調子とそれに合わせた祝詞に従い、熊の毛皮を上半身に被った男た…
16. 「起きなさい」 その声に、私は意識を取り戻す。 目を開けるとそばに吊るされた裸電球の橙色の光が視界を焼く。 手を翳しながら目を細めると、私に話しかけていたのは見知らぬ老婆だった。 また寝てしまっていたらしい。今が何日の何時なのかわからな…
12. 弱ったナツの世話をまちに任せてふたりの元を離れたオレは、まっすぐ帰途に就いた。 自宅に着き玄関の戸を開けると、そこには両親が揃って待ち構えていた。 面食らうオレを無視しておやじが言う。 「よしお。話がある」 「……はい」 そのいつになく厳…
11. 慎重になればなるほどに震える体をなんとか抑え、ボクは廊下を進んだ。 薄絹一枚を身にまとい、軽いはずの体なのに、それでも満足に動くことができない。 どうしてこのタイミングなのだろう。 なんでこんなときに、あの人は来たのだろう。 そして、あ…
10. 「ねえよしおくん! そろそろ起きて!」 「んあ……なんだ送れって?」 学校かどこかへの送迎を頼まれたと寝ぼけているよしおくんを、激しく揺すり続ける。 いつも出勤ぎりぎりまで寝ているような彼にして、こんなに寝起きが悪いことが今までにあっただ…
9. 翌朝、私が目覚めると、隣の布団で寝ていたはずのまちさんはすでにいなくなっていた。 ゆっくりとした動作で携帯を確認すると、時刻は8時を過ぎたところだった。 昨晩はまちさんからいろいろな話を聞くことができた。さすがに警戒されている部分もあっ…
8. 「え! まち帰って来ないの?!」 うちに来るなり良夫はボクに「今日、まちはオレのうちに泊まるから」と言い放った。 「いい機会じゃんかー。いろいろな人と関わった方が、まちのためになるって」 「でもさー。今日とても気を張っていたみたいで、家に帰…
7. しばらく歓談していたが、不意に山村さんが深刻そうな顔で尋ねた。 「あ、そうだ、この村って……泊まる所があったりしますか? 調べても出てこなくて」 「残念ながらないですね」 本当に残念ながら。と、思いつつ、これはまたひとつ課題が見つかったと心…
6. よしおくんの家の車庫に自転車を戻し、丸太橋を渡って自宅を望む。 ふう、と一息吐いて、玄関の引き戸を開けた。 「ただいま」 土間におばあちゃんの履物はない。またどこかに遠征していて、帰っていないのだろう。 居間を抜けて階段を上がり、自室に入…
5. 連休初日、早朝に家を出た私は途中休み休み高速を下り、目的地最寄りのインターチェンジを下りたのが日も傾きはじめた頃になってからであった。 「んー……腰が痛くなっちゃったなー」 自動二輪での旅としては少々厳しい――いや、人によってはミニバイクと…
4. 単なるクマとして生活をしていた頃は、それこそ自分の興味のあることばかりに時間を割いてきた。一番の関心事はまちに係わること全般であることは揺るがなかったが。 好き勝手やらせてもらっている中で、少しでも意味のあるクマ生(じんせい)にしていこ…
3. 『以上、ナッちゃんの熊出村TVでした~! チャンネル登録、おねがいします!』 画面のリアル熊はおよそ熊とは思えないコミカルな動きでチャンネル登録を促し、動画の再生は終わった。自室のパソコンでそれを観ていた私は少し姿勢を正すと、軽く伸びを…
2. 東北の夜でも、この季節になれば熱帯夜近くの気温となる。 就寝時には薄手のタオルケットを掛けるくらいで十分な日も多い。 今日は特に蒸し暑い夜だった。 時刻は午後10時半過ぎ。しばらく前から、部屋の外に佇んでいる影があった。 それはヒトの形をし…
コミケからひと月が経過したので、少しずつ二次創作物を供養していこうと思います。思いつきです。紙代をいただいた方は悪しからず。 『熊出村の呪い』 1. ――東北のどこか、山奥。 その村では、山の神の使いとして熊を神聖なものとし、祀っていた。 全国的…
私の名前は彩果(あやか)。20歳の女子大生。文学部で心理学を専攻しています。 今日はそんな私に先週振りかかった、不思議な出来事についてお話しします―― 私は北陸の海にも山にも近い片田舎出身。幼少期は親にも育てやすい子と称されるほど、大人しく手…
内原さんとアヤノちゃんに出会ってから1週間が経った。 陽も昇りきらない健全な時間にしっかりとユズに起こされ、寝間着のままソファに腰掛ける。ユズは隣にぴたりと付いてから体を倒し、ゆったりを尻尾をなびかせつつ膝の上から僕を見上げた。彼女はまだ気…
テレビで例の競技会を観てから2か月ほど経った休日の朝、僕はユズと隣県の河川敷に来ていた。 ユズが出たがるような大会は探してみるとなかなか見つからず、距離と時間を天秤にかけた結果、少し離れた所だけどなるべく早く参加できる大会を見つけ、そこにエ…
僕らの関係性もある程度落ち着いてきたある日、ソファに座る僕に寄り掛かるようにしてテレビを眺めていたユズは急に身を乗り出すと、弾けるような動作でこちらに振り向いた。 「おにいさん今の見ました?」 「え? テレビの話? ごめんよく見てなかった」 僕…
観光客などで混雑した駅前の広場。そこに置かれたベンチによく目立つ色の髪をした少女が腰かけていた。少女の周りはわずかに人が疎らで、皆遠巻きにちらりと彼女に目を遣っては、通り過ぎていく。 そんな少女に見覚えのある者がたまたま近くを通りかかってい…
鉄製のベンチに腰掛けて話す面々の間には、祭りの後特有の燻る残り火のようなじんわりと興奮した空気が横たわっている。そこに涼しげな秋の虫の音色が差してえもいわれぬ絶妙なバランスを取っているように感じられた。 「何度も観てきたけど、やっぱりこう、…
ふと背の小さな少女がこんなことを言いだした。 「先生ってさ、どうしてうちの学校に来たんだろうね」 それを受けて赤い髪を切り揃えた少女が答えた。 「どうしてって……確かに。言われてみるとなんでだろ」 「なんかこっちに来る前にトヨネのところに行って…
ついに終わりますよ。 投げっぱなしにすることで混乱を招くよ。 美しい結末は各人の心の中に思い描いてくれよな! 放課後、部室にはいつものメンバーが顔を出していたが、決して明るいとは言えない雰囲気に包まれていた。 特に話が弾むでもなく、何か行動を…
週が明け、社会がまた動き出す。向日葵の死に沈む友人らも、櫻子を除いて休むことなく登校していた。 それぞれの胸にはそれぞれの想いを抱いての、どちらかと言えば称賛されるべき結果であった。しかし奇しくもそれが仇となることは皆知る由もなかった。 昼…
千歳は図書館に来ていた。 祖母からの情報があれ以上得られない以上、ほかに情報を得る手段としてまず浮かんだのはここだった。昨日は電話を終えた時点でもう夕刻だったために断念したが、今日一日使えば何かが得られるだろうと千歳は考えた。 民俗学、地方…
向日葵が死んで二日が経ち、各自少しずつ折り合いをつけ始めていた。世界は何事もなかったかのように回っている。正午を過ぎ、急に空が暗くなってきた。予報では午後から雨が降るようだ。 昨日から綾乃は自室にこもっていた。何もする気が起きない。必要最低…
向日葵が死んで一晩が経った。 あのとき生徒会室にいた面々はそれぞれにショックを受けていたが、翌日が平日でなかったことも幸いし、いろいろなことが表面化してはいなかった。 下手にいつもどおりの学校生活を送ろうとすれば嫌でもそれに目を向けずにはい…
生徒会室を飛び出した櫻子は、西垣教諭の車に乗せられて病院へと駆けつけたが、向日葵は既に息を引き取っていた。 櫻子は周囲の涙を請け負ったかのように散々泣き喚いた後、なんとか引き離され、直接家に送り届けられると、部屋に閉じこもってしまった。 他…
綾乃か誰かの短い悲鳴を背後に聞き、櫻子は生徒会室を飛び出した。その辺を歩く日常の住人はそのただならぬ様子に驚いた様子だったが、当然櫻子の目には入らない。とにかく向日葵の元へ。それで頭はいっぱいだった。 生徒会室では「とりあえず後は頼んだ」と…
櫻子は今日も一縷の望みに賭けて向日葵を待ったが、彼女は現れない。昨日送ったメールにも返信がなかった。それほどに病状は深刻なのだろうか。それともどうでもいい内容だと判断されてしまったのか。終いには、そんな風に考えてしまう自身に対して落胆し、…