くまみこのはなし11
11.
慎重になればなるほどに震える体をなんとか抑え、ボクは廊下を進んだ。
薄絹一枚を身にまとい、軽いはずの体なのに、それでも満足に動くことができない。
どうしてこのタイミングなのだろう。
なんでこんなときに、あの人は来たのだろう。
そして、あったかもしれないいくつもの未来が、儚く脳裡に浮かぶ。
外では日中から降りはじめた雨が、なおも降り続いていて、ボクの心情を煽る。
もう何度目か知れない、そして、おそらくこれが最後になるであろう夜這いのため、ボクはまちの部屋の前まで辿り着いた。
「まちのおへや」と書いてあるプレートに静かに触れる。
このプレートを目印に足を置く。床のこの部分が唯一、体重をかけても軋まない箇所だ。
風雨が時折音を立て、いつもより気を使う必要はないのかもしれない。けれどこれが最後だと思えば、輪をかけて慎重にならなければ。
引き戸に当てるようにして耳をそばだてる。ここで実際に当ててしまうと引き戸が揺れて意外に大きな音がしてしまうので気をつける。
まちの寝入りは基本的にはよかったが、今日はいつもとは違う。気疲れして早く眠りに落ちているかもしれないし、その逆もあるかもしれない。それでも、もう今日を逃せば――
ボクは念じるように目をつむり、引き戸に手を掛けた。
敷居の溝には滑石を塗っていて、力加減の下手なボクでもほとんど無音で開閉できる。
部屋の中心に敷かれた布団に、愛しいその姿を認めた。
ぼやける視界。しかし鼻をすすることもできない。
室内に一歩足を踏み入れると、その寝息も耳に届く。規則正しく、大きめの寝息。
自身の呼吸が浅くなる。しゃくり上げてしまいそうになるところを苦労して抑えながらも、体重の移動、足の置きどころ、幾度も繰り返してきた決まった動作は自然と体に染みついている。
そしてついに、いつものように横向きに寝ているまちのすぐ傍らに着いた。
その変わらぬ、狂おしい感情をもたらす甘美な毒のような寝姿が、手を伸ばせば触れられるほどの眼前に、ただただ存在している。その奇跡的な状況、もう数え切れないほどに経験してきたこと、そのひとつひとつのものを合わせたよりもさらに大きな感情が去来し、堰を切ったように涙があふれ出した。
息が乱れる。まちが起きてしまう。
見られてしまう。
おぞましい、この姿を。おぞましい、この行為を。
もう制御できない情欲が本当の本当に最悪の事態をもたらしてしまうその前に。と、ボクは身を屈めてまちの耳元に囁いた。
「ライライ――モコリャイライケモコ――」
死んだように眠れ。というアイヌ語だった。少し嗚咽混じりでも、彼女に届いただろうか。
唱え切ってしまった安心感から、いよいよ我慢ができなくなったボクは、安らかに寝息を立てるまちの小さな体に縋ると、顔をうずめて声を上げて泣いた。そして壊してしまうほど強く彼女をかき抱いた。
* * *
「赦して……まち……」
うわ言のように何度も繰り返す。
それ以外にかけるべき言葉が何もない。
行儀よく掛けられていたタオルケットは今、半分に畳まれて彼女の脇に避けてあった。
興奮のあまり震える手でパジャマの裾をまくっていく。ひっそりと窪んだ臍にすら官能を感じてしまう。えも言われぬ曲線を描く脇腹からおなかのラインをじっと見つめる。脱力した腹部が見せるぷくりとした内臓の偏りが煽情的だ。
だってまちが悪い。まちがあんな風に誘うから。
そしてついにその乳房が眼前に露わとなった。確かにいつも風呂で見ている。しかしその存在は、今のこのシチュエーションではまったく違った趣でそこにある。横向きに寝ていることで普段はほとんど目立たない慎ましやかな双丘が、か細い腕と体の間に息づいている。
ボクはすやすやと眠るまちの横顔と、その下から覗く可憐な横乳を見比べた。ぞわりと鳥肌が立ち、眩暈をおぼえるほどに愛らしい。
一度息を整えると、今度は指を布団と体の間に差し入れるようにして右の乳房を極々弱い力でゆっくりと掬い上げた。わずかにたわむ柔肉。まさにとろけるような軟らかさだ。
強く指を食い込ませてしまうとすぐに肋骨に当たってしまう。それではその未熟さを湛えた最高の感触を十分に味わうことができない。
しばらくそれを堪能し、次にその薄く色づく先端の縁にぴたりと指をくっつけた。外縁とは違った弾力の少ない軟らかさを感じる。何度かつつくようにして愉しんだ後、人差し指を使って円を描くようにゆっくりと指先を滑らせていく。やがて手を増やして左右同時に刺激を与える。まちの呼吸は規則正しく続いている。
十分に自らを焦らしてから、両手の指先がようやくその頂点に触れる。
与え続けられていた刺激に対し、はっきりと体は反応していた。
「うぅ……まち……」
喘ぐわけでも眉根を寄せるわけでもなく、平然とした様子に見えた彼女の、機械的なものであるとはいえ、その体に顕著に表れた変化にボクは自分の行為の淫らさを突き付けられるのだ。
弱っているはずのボクだったが、かつてないほどに熱く昂っていることを感じる。
これで最後と思うと時間をかけずにはいられなかったが、あまりこの状態を続けてはまちの体を冷やしてしまう。半ば朦朧としている頭でボクは彼女を案じた。
まくり上げていた服を一度戻し、丁寧にボタンを外してはだけさせておく。それから彼女の肩と膝に手を掛けて膝を立てた仰向けの体勢に変えた。
頭を撫でながら袖から腕を抜き、続けて肌着も頭から抜く。上半身裸の状態にさせられ、あどけない表情で眠るまち。その姿を目に焼き付けてから、横に避けていたタオルケットをその上半身に掛けた。
交感神経の過剰な興奮によって震えて冷える手に息を吹きかけて温める。
今日は特別だと自分に言い聞かせる。
これで最後なんだと思うと、胸が詰まり吐きそうにすらなる。
ボクは意を決してまちのウエストにかかるゴムの縁に両手を掛けて、ゆっくりと引き下ろしはじめた。
徐々に露わになる下腹部、腰骨の陰影、下着の縁と小さなリボン――クロッチ部分にかかろうかというところで一度手応えが固くなる。仙骨の膨らみに引っかかっているのだ。ボクは慣れた手付きでまちの膝を揃えると、胸の方に押し上げて腰を浮かせて、するりとウエスト部分を膝の上まで下ろし、足先から抜き去った。体温の残るパジャマをぎゅっと抱きしめてから置き、意識的にゆっくりと息を吐きながらショーツに手を掛けた。そして躊躇せずにそれをするすると脱がしてしまう。ついに一糸まとわぬ姿となったまちが、無防備にその肢体を晒している――
ここにきて、まちへの罪悪感が頭をもたげてきた。しかしもう引き返すことはできない。このまま明日を迎えるわけにはいかない。
ボクは覚悟を決めた。途端に体の震えが止む。興奮しきった体はそのままに、厳かな気持ちとなる。まちの大切な瞬間に立ち会うのだ。そうならざるを得ない。
まちの足元に跪き、恭しく一礼をした。
そして汗でしっとりと張り付いていた自らの着衣をすべて取り去ると、まずはいつものように彼女を強く抱きしめ、全身でその感触を覚え込むようにする。
「ああ、まち、まち――」
うわ言のようにその名を呼ぶ。まちは答えてくれないが、ボクは勝手に際限なく盛っていく。
ごくり、と生唾を呑み込むと、ボクはついにまちの唇を奪った。これまでは決して踏み入れなかった領域に突入していく。これ以上何も考えることができない。ボクなりの倫理観が粉々になっていった。
まちの唇は夢のように甘かった。
夢中で貪るように唇を重ねていく。呼吸が苦しい。
そして同時に彼女の胸を揉みしだく。わずかに膨張し主張する先端を手のひらで転がす。そこにも口付けをしていく。舌や唇でその弾力を味わう。胸が苦しい。心臓が早鐘を打っている。
乳房に留まらず全身を隈なく愛撫していく。キスをする。舌でねぶる。揉む、弾く。彼女の体で触れたことのない場所があることが我慢ならない気持ちだった。
そして爪先に口付けをしたところで、残すは行儀よく閉じられた脚の間のみとなった。
足首を優しく掴んだ。わずかに踵が浮く。両脚を同時にゆっくりと開いていく。肉付きの薄い腿の先にある、まだ誰の目にも触れていないはずの秘所がわずかに開き、その隙間から淡い色の粘膜を覗かせている――それを目にした瞬間、元々はち切れんばかりに充血していたボクの股間のモノがさらに引き攣るほどに張り詰めたのを感じた。
子供の親指ほどもあって禍々しく凝るそれがボクは嫌いだった。しかし今、このときばかりはその僥倖に感謝しなければならない。
まちの脚の内側を、付け根に向かって徐々に触れながら這い上がる。そしてボクと違って慎ましく可憐な性器に口付けをすると、しとどに濡らしていく。
そしてボクは股ぐらの肥大した肉芽に手を添えると、まちの中にゆっくりと押し込んでいった。
「あっ、ああっ!」
敏感な部分が柔らかな粘膜に包まれる感覚はこれまでに経験したことがないものだった。何よりまちのそこはとても熱く感じられた。そして力が抜けているはずで、ましてや成人男性と比べては比較にならない程に小さいボクのそれでさえ、きつく感じるほどの狭さだった。
「あああっ、きもちいよぉ、ずるいよぉ」
ボクは感嘆の声を漏らしつつ、いつの間にか腿の中程にまで垂れてしまうほどになっていた自分の潤みを指に取ると、それを潤滑剤にして一層腰の動きを速めていく。
細かく腰を打ちつける音がぐじゅぐじゅと部屋に響いている。
時折腰を左右に揺らし、まちの中の感触を愉しむ。
そして行為は次第にエスカレートしていった。
まちの体を持ち上げると、人形のように扱った。膣内に飽き足らず、全身を使って快感を得た。特にその今日までキスも知らなかったはずの口で達したときの背徳感はこの上なかった。
体力の限界を迎えようとしていたボクは、ここで一旦、まちの体を綺麗に拭き清めた。
そして最後にもう一度彼女を抱くと、いよいよあふれ出る涙を止めることができなくなる。
まちの初めてを奪うものがボクのモノであったなら。そんな想像を何度しただろう。
それが現実となった今、もう思い残すことはなかった。
つづく