たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし14

14.

 

「どう、ナツ? きもちい?」

「うん……ありがとうまち」

 私が声をかけると、静かにナツが答えてくれる。

 台所とナツの部屋を何度か往復するうちに、すっかり気持ち自体は落ちつていた。

 普段なら浴室に叩き込んでブラシでごしごしとこするところだが、今日のナツはとても弱っている。こんなことは小熊の時以来だ。

「ナツ……こっちは? いたくない?」

「あったかくて……きもちいいよ」

「うん、うん。ナツ……イヤならすぐ言うのよ?」

 お湯を浸したタオルを固く絞ってナツの全身を清拭する。

 固く絞っているから何回も拭かなければならない。毛の間に入った泥を丹念に落としていく。

「ごめんねナツ。ここも――拭かなくちゃいけないから……」

「……いいよ。今日は特別」

「うん! でもつらかったり、イヤだったりしたら――」

「大丈夫。ちゃんと言うから」

 何回も確認をするのもまた、ナツの負担になってしまう。さっさと終えてしまうのがいい。

 私は横たわるナツの足元に回ると、タオルを新しいものに替えて湯に漬けて、少し甘く絞る。

「じゃあ……足、持つね」

 横になっているナツはこちらの様子が見えない。だからナツを驚かせないように、行動は逐一報告をするべきだと思った。

 言ったとおりに右足を持ち、足先の方から内腿までを毛並みに沿って拭いていく。普段の入浴では絶対に洗わせてもらえないところだ。こんなときなのに私は、その珍しい光景を目に焼き付けようと、毛並みの一本一本まで憶えるかのように観察していく。

「くすぐったくないですか、いたくないですか?」

「――きもちいいです」

 ナツの返答に満足感を得つつ、右足の背面も拭き終えた。

「では簡単に乾かしていきます」

 ここでさらに、乾いたタオルで同じ箇所を拭き上げる。こうすれば水分を含んだタオルで一度に汚れを落とせるし、乾かすこともできる。

「ブラシをかけます……強かったら言ってください」

 最後にブラシで整えて、右足は終わった。

今度は「では逆もしますね」と伝えて、左足に取りかかる――

たっぷりと時間をかけ、両足の清拭が終わった。残るはその間だ。

「あのまち、やっぱりその――」

「じゃあ、ここもします」

「あっ」

 ナツが言い終わる前に再び新しくしたタオルを足の間に被せてぎゅっと上から押し付けると、ナツの口からは聞いたことのないような声が漏れた。

――かわいい……。

「大事なとこなので、念入りにしないとダメです」

 そう言ってそのままぐいぐいと圧力をかけていくと、ナツは続けざまに「あっ、うぁっ!」と騒ぐ。その声を聞きたくて、かわいらしい反応をもっと見たくて、次第にエスカレートしていく。

「じゃあ次は……きれいにしていきます」

「まち……ああっ!」

 ナツがいつもと違う声で私を呼ぶことがなんだかうれしく、少しだけ遠慮をしていた最後の気持ちが瓦解する。

 私は手をタオルで包むようにすると、マッサージをするようにしながらナツの内腿の付け根を拭いていく。

 普段触ることのない場所で、自分の体とも構造がまったく違うこともあり、勝手がわからない。

 私は両手を使い、左右の広い範囲を揉むように刺激する。

 中心部は刺激をしないように気を付けた。

「いたくなぁい? へいき?」

 やわやわとした刺激を加えつつ尋ねる。

「うん、うんっ」

 ナツは息も荒く答えた。少し苦しそうにも見える。

 普段触る箇所であれば大体どこが不快でどこがそうでないかといったことはわかる。

――でも、こんなところ……ああ、なんだか変な感じがするわ……。

 ナツのそんな様子を見て、なんだか自分も鼓動が早くなっていることに気付く。

 気付いてしまえばそれはどんどん激しさを増し、私も息が荒くなってきてしまう。

「はぁ……ナツ……ナツ……」

 手付きは次第に遠慮がなくなり、動きが大きく大胆になっていく。

 不意に、今まで避けていた中心部分に近い部分に手が触れてしまう。

「ああっ!!」

「ご、ごめんナツ! いたくしちゃった?」

「ち、ちがう……大丈夫……びっくりしただけ」

 あまりに急な反応に私は手を止めてナツを気遣う。ナツはああ言ったが、私も調子に乗りすぎてしまった。

 私は少し反省すると、随分冷えてしまっていたタオルを湯に浸し、再び穏やかな手付きでその部分を拭く。

「あったかい……あっ、まち……」

「ふふ、どうしたの? ナツ」

 ナツの訴えかけるような声色に、私は手を止めずに尋ねた。

 その呼びかけからは、懇願するかのような色を感じる。それが私の心の中の何か母性的な部分を刺激し、献身的な気持ちにさせた。

「その……もう少し、その……真ん中の方も……」

 蚊の鳴くような小さな声だった。

――ナツも恥ずかしいんだわ……。

 ナツの反応に、胸がぎゅっと締め付けられるような、甘美な感覚が広がる。

 しかし、そこは意識的に避けていた部分。恥ずかしい部分だということはもちろんあったが、ナツは日頃からその場所についてあんな風に言って。だから傷があるはずで。だから。

「いいから、大丈夫だから……」

 急かされるが、逆に手は止まってしまう。

「だってナツ、だって……!」

「だって何?」

 焦れたナツが尋ねる。だって、だって――

「だってナツ……切っちゃったって、その……お、おち……んちんを、だから……」

「ああっまち! そんなこと言われたらっ……!」

「きゃっ! どうしたのナツ! あっ……あれ」

 ナツは私の言葉に今まで以上に息を荒げ、腰を激しくくねらせた。それはその場所を私の手にぐりぐりと押し付けるような動きで、そしてその存在を主張するものが手に触れ、思わず確認してしまう。

「ナツ、これ……」

「ッ! ふ、んんっ!!」

 それはびくり、と別の生き物のように跳ねる。掴む、ほどの大きさではないが、摘むには少々余る。その存在を確かめて再び口に出してしまった。

「これ、ナツのおちんちん?」

「ち、ちが――っ! うううううっ!!」

 一際大きな声を出したナツに我に返った。

「ごめんなさいナツ! やっぱりいたい?」

 慌てて謝り、握ってしまっていたモノから手を離す。

「大丈夫だよ、その……ちょっとくすぐったかっただけだから」

「でも……ナツ、これ……」

「違うんだまち……でも、気にしないで……」

「……わかった」

 あまり訊きすぎるのもよくない。ナツも恥ずかしいのだろう。気にしないでと言っているのだからそのまま続きをしよう。

 そう思うと、私はまたタオルを温かくしてからナツの足の付け根をやわやわと拭いていく。

 先程よりは幾分か軟らかく小さくなっているが、確かに突起物があるような気がする。様子が変化しているということは、やはり切ったはずのそれということにほかならないのではないか。

 しかし、恥ずかしがるナツ。かわいい声を上げるナツ。そんないつもと違うナツに、なんだかやっぱり変な気持ちが湧いてくる。なすがままに拭かれているナツ。

「はい。ナツ、終わったわ」

「……ありがとう。きもちよかったよ、まち」

 熱に浮かされたように呟かれたその言葉のニュアンスは、勘違いでなければ私のおかしな感覚にぴたりとはまるものではないか。

 いつも以上に愛しさを籠めてナツに抱き付く。抱きしめ返される力がいつもよりも少し強い気がした。

 

   *  *  *

 

「ナツー。今日の夕食はおかゆと豚汁にするわね」

「!」

 夕食時になった。

 外はいつからか雨模様。しかし心はぽかぽかと暖かさに満ちていた。

 いつかにナツが気落ちした私のために作ってくれた夕食を思い出す。

 あのとき、ナツは包丁を持つことすらままならないのに、頑張って私のためを思って料理してくれたときのメニューがおかゆと豚汁だった。

「いただきます」

「いただきます……」

 だから私も、ナツのためを思って作るのだ。

 もちろんいつもそうだけど、今日はいつもの何倍も愛が込められている。

「お味はいかが? ナツ」

「うん、最高だよ~!!」

 泣くほどのことだろうか。「もう、大げさねナツ」なんて言いつつ私の胸は満たされる。

――そういえば昨日、同じ台詞を言ったわね。あれは何が大げさだったのかしら。

 昨日のことが遥か昔のことのように思えるほど、今日は朝からいろいろとあった。

 今日はよく眠れそうね。何はともあれ仲良く夕飯も食べられているし。と、何か引っかかるものを感じながらも目の前の食事に意識を戻した。

 

   *  *  *

 

 風呂に入ってから未だに火照る体が冷めるのを感じている。

 ナツにお休みを言って、床に就いてからしばらく時間が経っている。

 今日はやはり気持ちが高ぶっているからだろうか。先程はよく眠れそうと思ったのだが、なかなか眠気は訪れてくれない。

 しかし今日はすごい日だった。

 朝からナツがいなくて不安で、それからナツが衰弱して帰ってきて、よしおくんに初めてあんな風に怒られて、弱ったナツのお世話をして……。

 今日のことはこれからずっと忘れないだろう。幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた大好きなナツと何か特別な気持ちが通じ合った気がしたこの日を。

 そんな気持ちを抱きながら、少しうとうとしだした時だった。

 風雨の音にわずかに木の軋むような音が混じった気がした。気のせいだろうと思っていると、今度は何やら息遣いが聞こえる。今度ははっきりと聞き取れた。

――もしかして寂しくなっちゃったのかしら? きっとあんなことがあったから。

 今、家には私とナツしかいない。おばあちゃんは外出している。すると当然そこには……。

 それが近づいてくる気配を感じ、私は薄目を開けて確認する。

 目の前にいたのは愛しいナツではなく、何か髪の長い――

 息を呑む直前、耳元でそれが何かを呟いた気がした。

 

 

つづく


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