吐き気を催すほどの邪悪
犬と会話ができるだなんて、頭がおかしくなったんじゃないか?
そう思われることは百も承知で、それでも僕にとってはそれが現実だった。
現実が世間の常識から乖離していくにつれ、僕と彼女の関係は当然のように深まっていった。
その他大勢には理解できない、稀有な体験をしているということに、優越感すら伴っていた。
のめり込んだその先に待っている暗がりのことだって、ほとんど初めから予感していたというのに。
彼女は愛らしく、よく尽くしてくれた。
僕のことを一番にして、自分を含めたほかの一切を埒外にして。どこまでも前のめりなその献身さをありがたく感じていた。
その身に余ることだと、彼女はよく口にしていた。
それは僕にとっても同じであったが、その熱量を持った気持ちに眩さを覚え、次第に目を向けていることがつらくなっていった。
一度それに気付くと、事あるごとに湧く罪悪感が、じわじわと僕を苛んだ。
苛まれている、そのこと自体にも情けなさを覚える始末。そんな僕を、当然彼女は労わり続けた。
次第に僕は、自身の性質の瑕疵に理由を求めていった。
自らの裡で考えを捏ね続けるのは限界だった。
想定に想定を重ねていっても、自分が如何におぞましいかが詳らかになっていくだけだ。
僕は救いを客観的な事実に求めた。
僕と彼女の関係の意味は?
逸脱したそもそものきっかけは?
何を間違ってしまった?
他人に相談をするということをしてこなかった。
相談できる相手はいたのに。
やはり自分は。いや、動かなければ。
助かりたいという一心で、田舎に帰った。
やっとはっきりとした。予感が決定的に確定した。他人から初めて突き付けられたのだ。容赦のない言葉。
そうだ。それは避けなければならない。
生物として当然のことだ。誰だって、どうしたって納得せざるを得ない。
圧倒的に正しいことだ。間違っていない。これで安心だ。
お母さん、ありがとう。