2019-01-01から1年間の記事一覧
18. 隣町の病院に負傷したまちを運び込んだ。すぐさま緊急手術となった彼女の処置をまんじりともせずに待つ時間、オレは川の深みに嵌まるように自分の世界に浸り込んでいった。 ナツの最期の様子や置いてきてしまった山村さんの表情が脳裡に代わる代わる…
17. 一定のリズムで打ち鳴らされる柏手。 その洞窟の形状から、拡声器のように反響が集落の方まで響くようになっているのだろう。 まちは前に出ると祭壇の前で祝詞を唱えはじめた。 柏手の調子とそれに合わせた祝詞に従い、熊の毛皮を上半身に被った男た…
16. 「起きなさい」 その声に、私は意識を取り戻す。 目を開けるとそばに吊るされた裸電球の橙色の光が視界を焼く。 手を翳しながら目を細めると、私に話しかけていたのは見知らぬ老婆だった。 また寝てしまっていたらしい。今が何日の何時なのかわからな…
15. 朝起きると、まちは忽然と姿を消していた。 昨夜のことは最後の方をよく憶えていないが、体液とともに感情もすっかり排出されたらしい。 体調は万全とはいかないけれど、今のボクからすれば最上だ。精神的に解放されている。 さあ、準備を始めよう。…
14. 「どう、ナツ? きもちい?」 「うん……ありがとうまち」 私が声をかけると、静かにナツが答えてくれる。 台所とナツの部屋を何度か往復するうちに、すっかり気持ち自体は落ちつていた。 普段なら浴室に叩き込んでブラシでごしごしとこするところだが…
13. 痛い。寒い。冷たい。 ぼんやりとした意識の中で原始的な感覚が蠢く。 ほの白い光が上方に浮かんでいる。それはゆっくりとした動きで下まで動くと、徐々に範囲を拡大していく。 いつしか水の流れる音が違和感をもって聞こえはじめる。 そして白い光の…
12. 弱ったナツの世話をまちに任せてふたりの元を離れたオレは、まっすぐ帰途に就いた。 自宅に着き玄関の戸を開けると、そこには両親が揃って待ち構えていた。 面食らうオレを無視しておやじが言う。 「よしお。話がある」 「……はい」 そのいつになく厳…
11. 慎重になればなるほどに震える体をなんとか抑え、ボクは廊下を進んだ。 薄絹一枚を身にまとい、軽いはずの体なのに、それでも満足に動くことができない。 どうしてこのタイミングなのだろう。 なんでこんなときに、あの人は来たのだろう。 そして、あ…
10. 「ねえよしおくん! そろそろ起きて!」 「んあ……なんだ送れって?」 学校かどこかへの送迎を頼まれたと寝ぼけているよしおくんを、激しく揺すり続ける。 いつも出勤ぎりぎりまで寝ているような彼にして、こんなに寝起きが悪いことが今までにあっただ…
9. 翌朝、私が目覚めると、隣の布団で寝ていたはずのまちさんはすでにいなくなっていた。 ゆっくりとした動作で携帯を確認すると、時刻は8時を過ぎたところだった。 昨晩はまちさんからいろいろな話を聞くことができた。さすがに警戒されている部分もあっ…
8. 「え! まち帰って来ないの?!」 うちに来るなり良夫はボクに「今日、まちはオレのうちに泊まるから」と言い放った。 「いい機会じゃんかー。いろいろな人と関わった方が、まちのためになるって」 「でもさー。今日とても気を張っていたみたいで、家に帰…
7. しばらく歓談していたが、不意に山村さんが深刻そうな顔で尋ねた。 「あ、そうだ、この村って……泊まる所があったりしますか? 調べても出てこなくて」 「残念ながらないですね」 本当に残念ながら。と、思いつつ、これはまたひとつ課題が見つかったと心…
6. よしおくんの家の車庫に自転車を戻し、丸太橋を渡って自宅を望む。 ふう、と一息吐いて、玄関の引き戸を開けた。 「ただいま」 土間におばあちゃんの履物はない。またどこかに遠征していて、帰っていないのだろう。 居間を抜けて階段を上がり、自室に入…
5. 連休初日、早朝に家を出た私は途中休み休み高速を下り、目的地最寄りのインターチェンジを下りたのが日も傾きはじめた頃になってからであった。 「んー……腰が痛くなっちゃったなー」 自動二輪での旅としては少々厳しい――いや、人によってはミニバイクと…
4. 単なるクマとして生活をしていた頃は、それこそ自分の興味のあることばかりに時間を割いてきた。一番の関心事はまちに係わること全般であることは揺るがなかったが。 好き勝手やらせてもらっている中で、少しでも意味のあるクマ生(じんせい)にしていこ…
3. 『以上、ナッちゃんの熊出村TVでした~! チャンネル登録、おねがいします!』 画面のリアル熊はおよそ熊とは思えないコミカルな動きでチャンネル登録を促し、動画の再生は終わった。自室のパソコンでそれを観ていた私は少し姿勢を正すと、軽く伸びを…
2. 東北の夜でも、この季節になれば熱帯夜近くの気温となる。 就寝時には薄手のタオルケットを掛けるくらいで十分な日も多い。 今日は特に蒸し暑い夜だった。 時刻は午後10時半過ぎ。しばらく前から、部屋の外に佇んでいる影があった。 それはヒトの形をし…
コミケからひと月が経過したので、少しずつ二次創作物を供養していこうと思います。思いつきです。紙代をいただいた方は悪しからず。 『熊出村の呪い』 1. ――東北のどこか、山奥。 その村では、山の神の使いとして熊を神聖なものとし、祀っていた。 全国的…