たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし3

3.

 

『以上、ナッちゃんの熊出村TVでした~! チャンネル登録、おねがいします!』

 画面のリアル熊はおよそ熊とは思えないコミカルな動きでチャンネル登録を促し、動画の再生は終わった。自室のパソコンでそれを観ていた私は少し姿勢を正すと、軽く伸びをして冷めかけたコーヒーに口を付けた。

 季節は秋口、今年は異常気象ともいうべき極端な天候も多く、まだまだ夏のような気温が続いている。

 幸い私の暮らすまちは暑いだけで、住まいも平地にあるので豪雨災害に見舞われるようなことはなかったが、ニュース番組などでは全国の悲惨な状況も多く目にした気がする。

 近年の気象現象には「ちょっと上ブレが過ぎませんか?」と御進言差し上げたいほどだ。

 そんな中でも季節は巡っていく。待ってはくれない。来週末には連休が控えていた。

 私の趣味は田舎に出かけて土着の面白い慣習に触れるといったような、ちょっと一般的に説明のしがたいものである。

 普段他人に話すときには「旅行が趣味でーす」なんて言ったりしている。

 まあ嘘は言っていない。地域の特産物を食べたり温泉宿に泊まったりなど、同時に普通の旅行としても楽しんでいる。別に学生時代と違って、研究に行くというわけではないからだ。

 そもそもその研究とやらも半ば旅行のような感じだったわけだけれど。

 そう。この趣味は学生時代の研究活動の延長――名残、残滓、熾き火のようなものだった。

 大学院を出るのに際し、研究を続けるような熱量はなかったが、完全に離れることもまた、できなかった。

 そんなモラトリアム的な趣味だけれど、じっくり調べて現地にも赴き、成果を自分なりに認めるという一連の行為にはそれなりに時間もかかるし、全国に限らなくても対象は無数にある。

 幸い、というべきか、結局地方公務員などに身をやつしているので好きに使える時間はある程度多い。休日もはっきりしている。そんな生活スタイルにもばっちりと噛み合った、至るべくして至ったような趣味ではあった。

「『熊出村』、ね――」

 さて、そして私が今度の連休で訪れようとしている所は東北の山村――日本海側に足を踏み入れるのは初めてだった。

 早いもので社会に出てから5年が過ぎている。手近な所から、と。これまでは住んでいる関東圏ばかりを攻めていたのだが、ふと目に留まった情報を調べていくと、気になるその村の所在は多少遠方にあった。日帰りで行くのは厳しいが、3連休であれば行けない距離ではない。

 「ゆるキャラ」というものが少し前から流行っている。だいぶ成熟してきて最近ではお金の匂いがきつくなってきたが、それでも地域振興の名目で地元のマスコットキャラを出場させている自治体は多い。私は訪問先の検討によくそれを利用していた。地元の名産とか有名な習俗から着想を得たキャラクターが出場することも多いためだ。

 私が気になった『クマ井のナッちゃん』もその類のキャラクターらしい。

 ゆるキャラという名称を逆手に取ったようなリアルな造形の熊を模した――いや、ただの熊をキャラクターと言い張っているという印象だ。いつもは近場で検索をかける私の目にも留まったのは、そのキャラクターがグランプリを取ったからであった。

「あまりにも、私好みなんだよね……こわいくらいに」

 その村を調べてもあまり情報が出てこない。それもそのはずで、そもそもそんな村は存在しないのだ――少なくとも「今」は。

 その名前の村は十数年前の大合併時期に周辺の町に併合されており、今は「北島郡吉幾町の熊出地区」である。それなのにエントリー情報を見ると「熊出村」という表記が採用されている――これは大変面白い。

 その「村」という単位を、意地でも捨てたくないのか。登録者を見れば普通に「熊出村役場わくわく観光課」とあるのも異様さに拍車をかけている。行政がその、正式にはもう存在しない名称を用いているということか。担当者の独断がまかり通るような事態になっているのであれ、きちんと管理者の決裁を受けているのであれ、それを良しとしているとは舌を巻く。

 田舎の土着の風習――その中でも、私が最も惹かれるものは、「閉鎖的な山村に未だ残る因習」である。

 調べがつく数少ない情報である『クマ井のナッちゃん』をちょっと見てみたところでわかってしまう隠しきれぬ閉鎖性。初めての逸材といった感じだった。

 

 

つづく


掲載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。