無気力に細切れに13
櫻子は今日も一縷の望みに賭けて向日葵を待ったが、彼女は現れない。昨日送ったメールにも返信がなかった。それほどに病状は深刻なのだろうか。それともどうでもいい内容だと判断されてしまったのか。終いには、そんな風に考えてしまう自身に対して落胆し、学校に足を向けた。
櫻子が教室に入ると黙って自席に着いた。見渡せばいつもと同じ日常が繰り返されている。しかし捉え方によっては誰もがいつもとは違う特別な事情を抱えていると言えるのかもしれない。向日葵やあかりの欠席は、そんな日常の中に埋もれてしまっているかのようだった。
「先輩のとこに行かなきゃ」
櫻子は無表情で気が抜けたように呟いた。
先日、綾乃はいつでもいいと言っていたが、何かの作業があるなら自分だけででも進めてしまおう。そんなことを考えていた櫻子だったが、向日葵の負担を軽くしたいのか、彼女自身が弱っていることで人との関わりを望んでいるのか、もうわからなくなっていた。
昼休みのことだった。
櫻子はふわふわとした足取りで生徒会室に向かった。訊けば先輩方はちょうど生徒会室にいるとのことだった。
「こんにちは……あ、会長。久しぶりですね」
今日はりせが来ていた。
綾乃は入ってきた櫻子を一目見るなり何か言い知れぬ不安を感じた。それは触ると消えてしまいそうな危うさに思えた。
「……大丈夫? なんだか顔色が悪いみたいだけど」
「大したことないです。それより例の用事なんですけど」
綾乃は少しだけしまったというような顔をした。後ろから千歳が彼女の背中をこっそりつついた。
「ああ、そのことならいつでもいいって……いや、いいわ。じゃあえっと、その大室さん、明日のご予定は?」
「……」
櫻子が話していると、りせと視線が合った。
「明日ですか……明日……」
話を続けようとする櫻子だったが、なんとも表現しようのない、不思議な感覚に襲われて次の言葉が出てこない。随分と引き伸ばされた数秒が経ち、会長がかすかに微笑んだ。何だかとても安らかな、隙間だらけの心に沁み渡るような――
「お、久しぶりー」
瞬きをひとつして我に返った櫻子が振り返ると、そこには京子と結衣が立っていた。
「と、と歳納京子どうしたのいきなり!」
「綾乃ちゃん。嬉しいのはわかるけどちょっと落ち着いて」
京子の突然の登場に大声をあげる綾乃と、それをなだめる千歳。がらりと場の空気が変わって急に日常が戻ってきたようだ。京子はいつもの調子で言う。
「なんだよー。いきなり来ちゃ駄目なの?」
「おい京子、お前ちょっと……」
京子のそんな適当な発言を受けて、結衣が少々硬い表情を浮かべて奥をちらりと窺った。少し気後れした様子だ。
「あの……」
入口から遠慮がちに声がして、皆一斉に視線を向けた。入口には今度はちなつが立っていた。
「あれ、吉川さんも来たん?」
千歳のそんな言葉に、櫻子はわずかに肩を震わせた。
「……こんにちは。その、これってやっぱり……」
昨日の謝罪のときよりも萎縮した様子のちなつが、恐る恐るといった風に状況を確認しようとした、その時――
「おいっ! あ、もう揃ってるな……いや、今はそれどころではない」
突然、ものすごい剣幕で西垣教諭が駆け込んできた。
「……いいか、みんな落ち着いてよく聞け」
呆気に取られる面々だったが、教諭はそんな様子などお構いなしにいったん言葉を切ると、顔を歪めて続きの言葉を絞り出した。
「古谷向日葵が、亡くなったそうだ」
転がすのも一苦労という感じでしたね。
なんとかせねばなあ。