たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

無気力に細切れに10

 昼休み、櫻子は二年の教室へと足を運んだ。
 今日の放課後、櫻子と向日葵は綾乃に呼び出されていた。何の用事なのか詳しくは聞いていなかったが、早い方が良いだろうと向日葵が本日欠席であることを伝えに行こうというわけだ。
「そ、そうなの。それは心配ね! また今度でもいいわ。私の方はいつでもウェルカム上高地よ」
 綾乃は事情を聞くと、少し取り乱しながらも優しく微笑んだ。
「そうやね。そしたら大室さんは古谷さんのお見舞いに行って、綾乃ちゃんは歳納さんとこに行ったらええわ」
「な、ななんで私が、歳納京子の……!」
「最近何かと忙しくて逢えないって、綾乃ちゃん寂しそうにしてたやん」
「ああ、それなら……」
 いつもの独特なテンポで綾乃を弄る千歳に、櫻子は箱の話をした。
「あ、それええね! 綾乃ちゃん一緒に歳納さんとこ行こ?」
「ま、まあ、そんなに難しいっていうんなら? 助太刀に行くのも悪くないかもしれないわね!」
 自分なんかよりもよほど行程の進行に貢献してくれることだろうと櫻子は思った。向日葵のいない遊びには、もう興味などなかった。今は箱の中身よりもずっと、向日葵の具合の方が心配だった。
「開けられたら中身がなんだったか後で教えてください」
「古谷さんにお大事にって伝えといてなー」
「私からも、お願いね」
「はい。伝えておきます。ありがとうございました」
 もうやることはやった。後は一刻も早く帰ってしまいたい。そんな気持ちになった。

 

 午後の授業にはまったく身が入らないまま、放課後を迎えた。櫻子はそそくさと帰り支度を始める。
「あの、櫻子ちゃん」
 あかりが明らかに急いでいる様子の櫻子におずおずと話しかけた。ちなつは少し離れたところに立ってこちらを見ているようだ。
「なに? あかりちゃん」
 急いではいたが、手を止めてあかりの方に向き直る。ちょっと胸を撫で下ろしたあかりは、続けて言った。
「その、今日は向日葵ちゃんのお見舞い?」
「そう。プリントとか渡すものもあるし……」
 櫻子がちらりとちなつの方を窺うと、ちなつは慌てて目を逸らした。あまり良い雰囲気ではない。
「そ、そうだよね。ごめんね、急いでるところに」
「いいよ別に。そんなに急いでるってわけじゃないし。こっちこそごめん、今日は一緒に行けなくて」
 臆するあかりに、櫻子は努めて丁寧に答えた。あかりは何も悪くないのだ。
「ううん気にしないで。向日葵ちゃんにお大事にって伝えて」
「うん……」

 あかりのいつもどおりの優しさに申し訳ない気持ちが膨らむ櫻子。あかりはさらに続けて話した。

「あかりもちょっと体調が悪いんだぁ。風邪が流行ってるのかもしれないから、櫻子ちゃんも気をつけてね」

「ありがと。あかりちゃんもお大事にね。……あ、そうだ。今日はもしかしたら杉浦先輩たちが部室に行くかもしれない」
 ふと昼休みのことを思い出した櫻子は一応あかりに伝えておくことにした。
「え、どうして?」
「さっき先輩たちに会ってそのときに箱のことを話したんだけど、そしたら今日の放課後、手伝ってくれるようなことを言ってた」
「そうなんだ、わかった。じゃああかりたちも……行くね」
「じゃあね、あかりちゃん」
「うん。櫻子ちゃん、ばいばぁい」
 櫻子は帰りの支度を終えて帰路へ、あかりとちなつは部室へ向かった。
 最後までちなつと櫻子は目を合わせなかった。

 

 部室にはいつものメンバーが揃っていたが、いつものごらく部とはかけ離れた空気に満たされていた。ムードメーカーであるちなつが昨日のことで落ち込んでいるためだ。

 ちなつは朝から何度も櫻子に対し、謝る機会を窺っていたのだが、ついに謝ることができないままに放課後を迎えてしまった。
 しばらくして、そんな雰囲気を打ち破るように生徒会のふたりが部室に足を踏み入れた。
「歳納京子ー! 何やらお困りのようね!? ……って、何?」
「おじゃましまーす……何かあったん?」
 早々に気がつくほどの重い空気に一瞬面食らったふたりだったが、話を聞いていたあかりがにこやかに出迎えた。
「あ、来てくれたんですね。櫻子ちゃんから話は聞いてます。先輩たちも、一緒に開けるの手伝ってくれるんだって」
 この機会を逃さず、結衣と京子もそれぞれに明るく振る舞い、これまでの攻略状況等をざっと説明した。それを聞いた綾乃はすぐに乗り気になったが、説明の途中から何やら千歳の様子がおかしい。
「なるほど! じゃあ早速……どうしたの、千歳?」
「ん……ああいや、何でもないんよ」

「そう……ならいいけど」
 心ここにあらずといった感じな千歳であったが、何もないと言うので綾乃は追及をやめた。
――なんやろ……この箱……。
 口ではああ言った千歳だったが、なぜだかとても――話によればパズルのようなものらしい――目の前の箱が気になっていた。魅入られる、とでも言おうか。
 しかしそんな本能的な予感めいたものも、綾乃の気を遣わせてしまったたことで即座に振り払われた。これは綾乃と京子が仲良く遊べて親交を深められるかもしれない、稀有な機会である。千歳が最優先すべきはそこにあった。
「そうや歳納さん。何か気づいたコツとかないん? 触る前に多少は知っといた方がええやろなーと。ね、綾乃ちゃん?」
「え、えっ!? わ、私は別に」
「それもそうだなー。じゃあ綾乃、ちょっとこっちに来てよ」

「し、仕方ないわね……」
 恥ずかしがる綾乃の背中をそっと押し、千歳は横目でちらりと辺りの様子を窺った。先程からちなつの口数が明らかに少なく、気落ちしている様子が見て取れる。少し顔色が悪いようにも見えた。そんな千歳に結衣が静かに耳打ちをする。

「ちなつちゃんがね……ちょっと元気なくて、雰囲気が暗くなっちゃってたから、来てくれて助かった」

 どうもそういうことらしい。

「うちらも来たくて勝手に押しかけただけやから、気にせんといて。ほな船見さん、一緒に考えよ」

「ありがとう……よし! そしたら――」

 千歳は柔らかく微笑むと無難にそう返した。結衣は気を取り直してといった風に姿勢を正すと、箱攻略の見通しについて千歳に話しはじめた。ひとつ疑問が解けて、千歳の意識は結衣の話を聞きながらも再び箱へと吸い寄せられていった。

 

 帰宅の途中で、櫻子は向日葵の家を訪れた。
 思っていたよりも向日葵は元気そうで、明日は学校に行くと言い、櫻子と他愛もない話をして笑い合った。
 櫻子は彼女といるときが一番自然体でいられて落ち着くということには気づいていない様子だが、日頃当たり前のように存在するものがどれだけ尊く、大切なものなのかということはいざ離れてみないとわからないものである。
 櫻子は今日一日向日葵がいなくて調子が狂った気がするだとか、おそらく今綾乃たちが箱の攻略の続きをやってくれているだろうことなどを話した。

 ちなつと仲違いをしたままになっていることは話せなかった。

 


 

 ウェルカム上高地!(オリジナルネタ)

 生徒会の面々に箱の力が伝播していく――というわけだ。

 そしてノロイのネタも入れているパートでしたね。あ、言っちゃった(ポア!)


掲載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。