何番煎じかわからない - 第二部
僕らの関係性もある程度落ち着いてきたある日、ソファに座る僕に寄り掛かるようにしてテレビを眺めていたユズは急に身を乗り出すと、弾けるような動作でこちらに振り向いた。
「おにいさん今の見ました?」
「え? テレビの話? ごめんよく見てなかった」
僕が観ていたのはユズだったから仕方がない。そんな返答をもろともせず、ユズは僕の膝の上に甘えるようにしな垂れ、体を捩ってこちらを見上げた。
「わんこの、大会? みたいなのがあるですか」
ユズの頭を軽く撫でてやりながら視線をテレビに向けると、ちょうどそこにはよく躾けられきびきびと動く犬とその飼い主の姿が映されていた。どうも何かの競技会の様子を紹介する番組のようだった。
「たのしそうです……わたしもあれやりたいです」
ユズはテレビに顔を向けると、きらきらした表情で溜息を漏らした。勢いよく振れる尻尾が時折脇腹にまで当たってくすぐったい。
「この辺でああいうイベントがあったかな……ちょっと調べてみるよ」
「本当ですか?! れ、練習しなきゃ……!」
僕の肯定的な返答にユズはころりと床に着地し、飛び起きて落ち着かない様子で腰を下ろしてこちらを上目遣いに伺っている。彼女の喜びようには毎度微笑ましさを感じずにはいられないが、まだその希望が叶うことが決まったわけではない。
「気が早いよユズ、これから調べるんだから。まずそういう大会があって、その内容がわかってから初めて必要な練習ができるんだからね」
「でも、でも!」
続けて撫でようと頭の上に持ってきた手に顔を擦りつけながら、ユズは懇願してくる。
「テレビの子も、たのしいたのしいって……ご主人様と一緒に訓練するのが好きって……」
「そんなこと言ってたんだ。そりゃ、僕もユズと一緒に何かの目標に向かって頑張るのは楽しそうだなって思うけどね」
「はい! そうです! やりたいやりたい!」
ユズの意見に同調すると、彼女はそう言いながら僕の脚の間に割り入ってきて顔を舐めようとするので、その前に手を挟み込み少し顔を逸らして遠慮した。
ユズは拗ねたような顔をして仕方なくといった風に僕のおなか辺りに顔をうずめた。
「すぐに調べてみるから、ちょっと待ってて」
よしよし、と代わりに頬を両手で挟み込むようにして揉むなどしてやりながら、僕はどこかで開かれる大会で活躍するユズの姿に想いを馳せた。どこの犬よりも僕らは確実な意思疎通ができるんだ、負けるはずがないだろう。そうしたら何かご褒美を用意しておかなければならない。なんでもユズは喜ぶだろうが、何をあげたら、何をしたら、より喜んでくれるだろうか――
考えながらユズの体を弄ぶ。きゃあきゃあと声を上げながら身を捩るユズにこちらの手もエスカレートしていく。
そのときの僕はまだ、その後に待っている大きな変化の予兆に気づくことができずにいたのだった。