たしかに正しいけど、そのとおりだけど。

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コトリバコ×ゆるゆり 第三話

 

◆九月三日(火)- ちなつの特別

 

 翌日、彼女らは前日の約束どおり放課後に部室に集まって箱の攻略を続けることにした。
 メンバーは昨日と同じ六人で、結衣は専ら戦略担当。他の四人で意見を出しつつ実際に箱を弄ってみて、残りのひとりを記録係とすることとなった。
「じゃあ、記録係なんだけど」
「はいはい! それ私やります!」
「えーとちなつちゃん……昨日は積極的に箱の攻略の方をしてくれてたよね……?」
 予想された立候補に、ごらく部員は皆一様にこわばった表情となった。結衣がフォローしようとするが、ちなつの決意は固いようである。
「やりたいって言うんだからやらせてあげればいいのにー。それにちなつちゃんがノートを用意してくれたんだよね?」
 ダメ押しで空気の読めない櫻子のアシストが入る。
「そうですよ! 私のノートなんですから、私が描くべきじゃないですか!」
 辺りを見回すその視線から逃れるようにして他の面々は口をつぐんだ。不審がるちなつだったが、鞄から件のノートを取り出そうとして一旦手を止め、「そういえば」と切り出す。
「私昨日、絵を描いてきたんです。無事に箱が開けられるようにと願いを――」
「え、あっ! そうだね! じゃあお願いしようかな!」
 ぱらぱらとページを捲り、今にもその《絵》を見せようとするちなつに、結衣は慌てて了解した。
 先程までの煮え切らない態度から一変、ことの外あっさりと了解が得られたことに小首を傾げるちなつ。昨日の時点で自分が一式用意することにすれば良かったと考えた結衣だったが後の祭りだ。
――まあ、図形なら絵とは違うだろう。きっと、多分。
 その考えが甘かったのは、数分後にはもう明らかとなった。
「うっ……」
「や、やっぱりか。ちなつちゃん……」
 絶句する櫻子とどこか諦観のこもった呟きの結衣。
 実際は櫻子も美術の時間でちなつの絵の実力を知ってはいたものの、単純な図形でもこれほどだと考えていなかった。不幸な事故と言わざるを得ない。
「すいませんでしたぁー!」
「え、なに? 急にどうしたの櫻子ちゃん?」
 土下座をする櫻子と事態を把握できないちなつ。皆、仕方がないという雰囲気になり、逆に櫻子を慰めはじめた。
「ねえ、あかりちゃん! どうしたの? ねえ!」
 ちなつは固まったままのあかりに状況の説明を求めたが、反応はない。
「私が……描きます」
 櫻子が神妙な面持ちで静かに呟いた。
「ま、任せましたわ」
「うん。それがいい。ちなつちゃん、やっぱり昨日から頑張ってくれてた、ちなつちゃんの意見が必要なんだ……」
 なんとかかんとかといった感じに結衣がちなつを丸めこむ。向日葵は櫻子と記録にはこう描くと良いんじゃないかと話しはじめた。京子は腑に落ちない様子のちなつにちょっかいを出していた。あかりはまだ固まっていた。

 

 攻略の目処が立たないまま、数十分。集中が途切れ、緩んだ空気が流れ始めた。
「やっぱり難航しますわね……」
「そうだな……この辺でいったん休憩にしようか」
 箱と向き合っていた向日葵が疲れをあらわに肩を回したのを見て、結衣が提案する。
「そうですね……じゃあちょっと、お茶淹れてきます」
「おー頼んだー」
「お前はほとんど何もやってないだろ」
 休憩と聞き、ちなつがお茶を汲みに席を立つ。結衣にたしなめられた京子はやはり今日も早々に飽きてしまい、実際に触っていたのは最初の十分足らずだった。
 しばらくして、みんなにお茶が行きわたると気を張っていた面々もリラックスし、いつもどおりの談笑が始まる。
 そんな光景を眺めていたちなつだったが、急に何かを思い出したようで、結衣に話しかけた。
「あ、そうだ結衣先輩。さっきも話したんですけど、昨日描いた絵が結構力作なんです。見てもらえませんか?」
 一度は回避されたはずの猛威だったが、どうやら逃れられぬ運命らしい。標的となった結衣は再び顔をこわばらせた。緩んでいたはずの空気が一変する。
「えーと……そう、だね……」
「皆さんでめでたく箱を開けられた場面を描いてみました!」
 一度結衣は周りを見やったが、他のメンバーはすでにその効果範囲外に出ようと、ふたりからじりじりと距離を取りはじめている。潮時かと結衣はひとり覚悟を決めてその《絵》に対面した。
 静まり返る面々。緊迫感の漂う中、ふと櫻子が目をやると向日葵は何やらうつむいていて、体調が悪いように見える。そういえば休憩前、やけに疲れていた様子だった。
「……向日葵、疲れたの?」
 少し心配になった櫻子はそう向日葵に話しかけた。目線だけ上げた向日葵はまたそれを下ろすと低い調子で話した。
「そうですわね。ちょっと頭を使いすぎた……って、なに笑ってますの」
「別に、胸に栄養が行きすぎて頭が――とか思ってないよ」
「殴りますわよ」
「きゃー暴力おっぱい魔人がおっぱい力にものを言わせて……って、あれ?」
 心配をしていたはずなのに、いつの間にかいつものように言い合いになってしまっていたふたりだったが、いつもと違って向日葵は手を出してこない。
「……本当につらいの?」
「割とそう、ですわね……」
「……ごめん」
 櫻子は素直に謝った。
「……なんて。誰がおっぱい魔人ですって! バカ櫻子!」
「いたっ! だましたなー!」
 謝ったのもつかの間、ころっと態度を豹変させた向日葵に叩かれた櫻子は応戦しようと体の向きを変えた。するとそこに、トイレに行っていたあかりが帰ってきた。
「あ、危ないですわ!」
「え」
「きゃあっ、ふぇ!?」
 急に体勢を変えた櫻子がちょうどあかりの足をかけた形になってしまって、あかりはバランスを崩す。
「危ないっ!」
 咄嗟に結衣があかりの体を支えたが、手を伸ばした際に机を大きく揺らしてしまい、いくつか湯のみが倒れてしまった。
「っ……」
「大丈夫かあかりちゃん?!」
「な、何か拭くものを」
 てんやわんやな状態で、ちなつはひとり静かに震えている。零れたお茶がちょうど開いていたちなつのノートを濡らしてしまっていたのだ。そんなちなつの様子に櫻子が気づいたそのときだった。
「ちょっと! せっかく描いたのにどうしてくれるのっ!」
「……ごめんなさい」
 ちなつは結衣から感想をもらおうとした矢先のことで気が動転したのか激しく捲したてる。小さくなった櫻子は、さっきとは打って変わって深刻な表情をしてすぐに謝罪の言葉を口にした。
「本当に、申し訳ありませんわ……」
 向日葵も後に続いて謝る。つい怒鳴ってしまったちなつは押し黙り、部室内に重苦しい空気が立ちこめた。
 少しして「まあ……」と沈黙を破ったのは京子だった。
「悪気があってやったわけじゃないんだからさ」
「ですが、せっかくの絵が……」
 話の途中で遮った向日葵が言うように、水彩絵具や色鉛筆で描かれていたらしいちなつの絵は、濡れて原形を留めないほどに滲んで、色が混ざり、どす黒い血のような赤色を塗りたくったような有様だった。
「こんなぐちゃぐちゃな事故現場みたいになっちゃって……こんな……っく、うぅ……」
 自分で言っていて、あまりの酷い状況についにちなつは泣きだしてしまった。
「本当に、ごめんなさい」
 再度謝罪し、頭を下げ続ける櫻子。
 そんな様子に向日葵がおろおろとしていると、結衣が目を合わせて、ゆっくりと頷いた。
「大室さんも古谷さんも謝ってるし、ちょっとだけだけど、絵は一応ちゃんと見せてもらえたから……」
「結衣せんぱぁい」
 結衣は泣きじゃくるちなつを受け止めた。
「もう、割といい時間だし、今日はそろそろ帰ろうかな」
 京子も今回ばかりは読んだ空気に対して素直な行動をとった。責任を感じ、凹んでいるあかりの肩を優しく押す。
「京子ちゃんが帰るならあかりも一緒に帰るよ……」
「そうですわね。じゃあ私たちも、今日はそろそろお暇させていただきましょうか」
「うん……」
 京子を皮切りにして、結衣とちなつを残し、他のメンバーは帰宅することになった。
「ふぅ……」
 部室を出ると、京子は息苦しさを払うように大きく息を吐いた。そして独り言のように呟く。
「まあ……こんなこともあるよ。また、遊びに来てくれると嬉しい」
 京子の言葉を受け、櫻子と向日葵は黙って頷いた。
「ちなつちゃん、明日になったらきっと赦してくれるよ……また一緒に部室で遊ぼうね」
 あかりの温かい言葉に、櫻子は堪えていた涙を零し「うん」と一言返事をするのが精一杯だった。

コトリバコ×ゆるゆり 第二話

 

◆九月二日(月)- 木箱同盟

 

 翌日、休み明け初日の朝。
「櫻子、いつまで寝てるの。今日からもう学校でしょ」
「もう少しー……」
 呆れたような母の声にぼんやりとした意識で返事をした櫻子だったが、ちらりと時計を見ると慌てて跳び起きた。
「げっ! 朝ごはんとか食べてる時間ないじゃん!」
 時計の針はいつも家を出る時刻の十分前を指していた。
 できる限り急いで着替えて居間に向かう。母の顔を見るなり文句を言おうとしたが、そんなことをしている時間もない。
「あーもー! なんで? なんで?!」
「そういえば、今朝は目覚まし鳴ってなかったみたいよ」
「なんだと……!」
 休みの間に目覚ましなどはもちろんかけたことがなかったことに加え、翌日から学校が始まるというのに何の準備もしないままにさっさと寝てしまったのだから自業自得だ。
 しばし絶句する櫻子だったが、そんなことで時間を無駄にしてはいられないことに気づくと、テーブルの上に出ていた朝食からすぐに食べられそうなものを少しつまんで、自室にとって返した。その辺にあるものをぽんぽんと鞄に放り込む。急いで部屋を出ようとしたその時、ふと昨日出かけたときに持って行ったバッグが目に止まった。
「ああ、忘れてた。あれ持っていかなきゃ」
 急に昨日の箱のことを思い出した櫻子は、それを鞄にしまうと今度こそ部屋を後にする。
 今の今までどうして忘れていたのだろうと彼女自身不思議に思った。結局待ち合わせのときに少し見せたきりでずっとしまいこんでしまっていた。それこそ頭のどこか、箱の中にでもしまわれてしまっていたかのように。
 しかし、そんなことをじっくり考えている時間はない。
「いってきまーす!」
 支度を終えてようやく家を出る櫻子。玄関から一歩足を踏み出すと今日もすこぶる良い天気で、すでに汗ばむような暑さだ。そんな中であって、当然のように向日葵は待ってくれていた。
「ちょっと遅いですわよ……って、なんて頭してますの!」
「え……ああ、ちょっと寝坊しちゃって」
 気にする余裕はなかったが、どうやら髪の毛がひどいことになっているらしい。
「だからってそんな……ちょっと櫻子、後ろを向きなさい」
「えー、初日から遅刻しちゃうじゃん!」
「いいから! 言うとおりになさい!」
 強引な向日葵に櫻子は何やらぶつぶつ文句を言ったが、彼女はもう櫛を手に構え、準備万端といった様子。
「まったく……綺麗な髪をしてるんだからもっと……」
「だってー」
 そう言いつつも珍しく簡単に大人しくなり、くるりと後ろを向いて黙って髪を梳かれている櫻子。そんな、らしくない態度を少し疑問に思った向日葵は手を休めることなく訊ねた。
「だって、なんですの?」
「その……」
 彼女はちょっともごもごと何か言いかけた後、少し間を空けて答えた。
「昨日は……待たせちゃったから」
「そ……うですわね」
「…………」
 沈黙が訪れる。互いに生じた顔の紅潮を黙ってやりすごした。
 櫻子としては、つい昨晩少しは迷惑をかけないようにと決めたばかりだ。
 一方そんなことは知る由もない向日葵は面食らってしまって、ただただ手際よく髪を梳くよりほかない。
「……できましたわよ」
「あ、ありがと」
 結局その後も言葉を交わすことはなかったが、梳き終わる頃には明るい空気が漂っていた。
「ほら! 本当に遅刻してしまいますわ! 櫻子の世話をして遅刻なんてことになったら目も当てられませんもの」
「そ、そんなの向日葵が勝手に……!」
 言葉の続きは呑みこみ、櫻子は素早く向日葵の手をつかんで歩きだした。
「え、ちょっと櫻子?!」
「急がないと、遅刻しちゃうんでしょ!」
 昨日とは逆に、櫻子が先導して足を進める。夏も終盤戦だというのに今日も暑い日になりそうだと、櫻子は晴れ晴れとした気持ちで高い空を見やった。

 

 休み時間になって、櫻子は例の箱を開けてみようと思い立った。授業は休み中に出ていた宿題の提出が主だったこともあって、終始箱のことで頭がいっぱいだった。
 櫻子にはあの箱の中に何かすごいものが入っているのだという予感めいた確信があった。そんなこともあっていろいろと考えたところ、少なくとも教室のような他人の目がある所では開けるのは得策でないとの結論に至った。騒ぎになっては困るというわけだ。「どこか人気のない所は……」などとぶつぶつ独り言を呟きながら、楽しいことを見つけた子供特有の集中力で考えを巡らす櫻子であったが、気づけば向日葵の姿が見えない。当然のごとく彼女と開ける気でいた。
「もー、こんなときに向日葵は……」
 地団太を踏む櫻子。こんなときも何も、朝から一度も向日葵に対して箱のことは話していない。ひとりで夢中になって考えていた櫻子が勝手に彼女の存在を前提にしていただけだ。
「……あれ」
 体を揺らした拍子に、何かがポケットに入っていることに気がつく。
――これだ!
 活性化された彼女の脳はその正体を瞬時に導き出した。素晴らしい偶然に運命的なものを感じつつ、櫻子は持ってきていた袋に箱を入れると急いで教室を飛び出した。

 

「あ! 向日葵ー!」
 何も知らず廊下を歩いていた向日葵は大声で自分の名前を叫ばれて面食らったが、すぐにそれを咎める。
「ちょっと櫻子! そんな大声で人の名前を……」
「いいから! こっち!」
「あ、もう! 廊下を走ったら生徒会員としての示しがつきませんわ」
 向日葵の文句も耳に入らない様子の櫻子は、向日葵の手をつかむとそのまま廊下を走り抜け、階段を駆け上った。
 着いた場所は生徒会室。ここなら確かに人気はなさそうだ。
「……生徒会室に、何の用ですの?」
「あんまり人に見られたくなくて」
「ひ、人に見られたくないって、何をするつもりで――」
「とりあえず、誰かに見つからないうちに早く……」
 櫻子は、自身とはまったく違う理由で慌てる向日葵を尻目にポケットの中を探ると、鍵を取り出して掲げた。
「じゃーん! こんなこともあろうかと!」
「それどうしたんですの?」
「登校日に鍵借りたんだけど、そのあと返すの忘れてた」
「ちょ、そんないい加減な!」
「まあまあ、こうやってまたすぐ使うことになったんだしー」
 不手際を戒める向日葵に対して櫻子はお気楽に答えつつ鍵を開け、素早く中に入った。そしてなかなか入ろうとしない向日葵を「早く!」と小声で急かし、部屋の中に引き込む。
「何かの相談、にしては深刻な感じはしませんし……」
 視線がふらふらと落ち着かない向日葵。櫻子は彼女のそんな様子もお構いなしで少しもったいつけてから袋の中身を取り出した。
「じゃーん! これだよこれ!」
「ああ、それは……はぁー……」
 取り出された物を見て向日葵は大げさに溜息を吐いた。
櫻子に、というよりは意味深な言い回しに一瞬でも取り乱してしまった自分に対してのものであった。
「なんだよーもー。ノリ悪いなー」
「別に、そんなことないですわ。でも、どうしてわざわざ人目を避ける必要がありますの?」
「そりゃあこの箱の中身が何かすごいものだったとき、みんなで開けたんじゃ分け前が減っちゃうからでしょ」
「……分け前、ねぇ」
 箱の由来を知らない向日葵には、いまいちピンとこない。古ぼけた玩具にしか見えない。櫻子のことだからどうせ自宅の物置かどこかで見つけて嬉々として持ち出したに違いない。向日葵は話を聞きつつ、少しこの状況について自分なりに推察してみた。努めて冷静になろうという意図も幾分かあった。
――あの箱は工芸品で、簡単には開けられない……幼い子が自分の宝物をしまうにはうってつけ、ですわね。
 大方、幼少期に買ってもらった箱で、何かをしまったは良いものの開け方がわからなくなってしまい、当時の自分が一体何を入れたのかが気になってしょうがないとかそんなところだろうと思った。
――だとすれば、中身は小さな玩具か、もしかしたら――
「ほら、なんか入ってる」
 櫻子が箱を振ると確かにトストスといったような鈍い音がした。そんな有機的な音に何年も放置された食べ物を想像してしまった向日葵は、湧き上がる悪寒に自身の肩を抱いた。
「なんだか……それ、開けない方が良いんじゃありません?」
「私が気になるんだからいいの! 向日葵も手伝ってよー」
 気の進まない向日葵だったが、櫻子があんまり楽しそうにするので強く断ることもできず、渋々了承することにした。
「しょうがないですわね……じゃあ貸してみなさい」
「やったー! はいはいどうぞどうぞー」
 櫻子は向日葵の色好い返事を受け、恭しく箱を差し出した。元からひとりでは埒が明かないのではないかと思っていた。
「確かどこかがずらせるんで――!」
 箱を受け取った瞬間、何かぴりっとした衝撃が走った気がした。指先を見つめる向日葵に櫻子が訊ねる。
「ん、どうかした?」
「……何でもありませんわ」
 違和感は確かにあったが、気のせいだと思うことにして、箱に意識を向ける。六つの面の上下すらわからない状態だ。最初は当てずっぽうで力を加えてみるしかなさそうだった。
「あ、とりあえずこう動きますわね」
「おおー! ……あ」
 ようやく初手の動かし方がわかったところで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 ちょこちょこ弄ればすぐにでも開けられるかもしれないなどと高を括っていた櫻子だったが、まったくそんなことはなく、一手動かしたきりになってしまった。
 当然次の授業も上の空のままに過ごし、チャイムが鳴ると起立、礼も待ちきれずにすぐにロッカーへと向かった。休み明け初日は半日でもう以降の授業はない。時間はたっぷりとある。わくわくとした気持ちが顔どころか、思い切り行動に出てしまっていることにも気が回らない様子の櫻子は、特に辺りを警戒することもなく袋を開け、中に入っている箱を確認した。
――さて、と。向日葵は――
「なんか楽しそうだね、櫻子ちゃん」
「え!?」
 周りが帰り支度をする人でごった返しているのに気づくも時すでに遅し。手に握ったままの箱を咄嗟に隠すのも怪しい。櫻子はゆっくりと声の主の方に振り返った。
「……なあんだ、あかりちゃんか」
「『なんだ』って、ヒドいよ!」
 あかりがぷんすかといった風に怒る。声の主があかりだと気づき、櫻子は露骨に胸を撫で下ろした。
 授業中箱のことばかり考えていた櫻子は、昼休みの件もあり、もう少し多人数で取り組まないと無理だという結論に至っていた。あかりから話しかけてくれたのはむしろちょうど良い。持ちかける手間が省けたというものだ。
「ごめんごめん。あかりちゃん、ちょっと!」
 櫻子はあかりの肩に腕を回すと、身を屈めてひそひそと事情の説明を始めた――が、すぐにそれは遮られる。
「あかりちゃーん、早く部室行こー、って」
「あ、ちなつちゃん。ちょっと待ってね。今、櫻子ちゃ」
「え、なになにどうしたの何の話!?」
 あからさまなひそひそ話に気づき、ちなつが勢いよく首をつっこんできた。目の色が変わり、きらきらと輝いている。
「ねぇ櫻子ちゃん。その話、ちなつちゃんにも……」
「なんなのもう! 隠さないで教えてよー!」
「うーん……まあいいや。じゃあどうせならごらく部の先輩たちにも考えてもらうことにしよっかな」
 複数人を巻き込み、段々と話が大きくなってきたことで、櫻子の興味は中身がどうこうというよりもみんなで箱を開けることを楽しむということの方に傾きだした。善は急げと、早速向日葵も呼び、部室へ向かうことになった。

 

 一行が部室に着き入口の戸を開くと、三和土に二足分の靴がある。もう京子と結衣は中にいるようだ。
「おじゃましまーす」
「失礼いたします……」
 櫻子と向日葵は、それぞれに挨拶をしながら中へ入った。あかりやちなつとは同じクラスで話すことも多いが、部員ではないふたりがこの部屋に入る機会は少ない。
「お、珍しい人がいるじゃーん」
「えーと、ようこそふたりとも。何か用事?」
 京子と結衣は、突然ふたりが来たことでそれぞれの反応を返した。
 結衣は少し居住まいを正したが、京子は四人が部室に入ったときのまま、仰向けに寝転がって漫画を読み続けている。
「櫻子ちゃんがね、みんなに頼みたいことがあるんだって」
 結衣の質問を受け、あかりがさりげなくフォローを入れた。
「なになに? なんか面白い話ー?」
 話があると聞いて面白いものセンサーでも反応したのか、京子は漫画を脇に置くと、跳ね起きて身を乗り出してきた。
「なんだ……生徒会の用事じゃないのかな」
 結衣は初め、生徒会のふたりが来たということで事務的な連絡を予想していたのだが、あかりの話し方からどうもそういうことではないらしいと感じ、相好を崩した。
「じゃあまあ、その辺に適当に」
 結衣が座布団を用意し、ふたりに座るよう促した。「はーい」「失礼します」と部外者のふたりは答え、それぞれテーブルを囲んで座る。
「麦茶いれてきましたー」
「あ、ちなつちゃんありがとー」
「わざわざすみません吉川さん」
 いつものようにちなつが麦茶を用意した。
「じゃあじゃあ、早く聞かせて?」
 そして飲み物も行き渡って準備万端だろうとばかりに身を乗り出し、きらきらとした瞳でふたりに話をせがんだ。
「ほら櫻子、説明なさい」
「うるさいなー。わかってるよ」
 辺りを取り巻く浮足立った雰囲気を感じてにこにこと楽しそうに和む櫻子だったが、向日葵にたしなめられてようやく要件を思い出したらしく、箱を取り出して机の上に置いた。
「えーと、この箱なんですけど……」
「なになにその古そうな箱!? 何が入ってるの?」
 謎のアイテム登場にテンションの上がる京子。
 一方でちなつは、その見た目からか「なんか不気味ですね」と先程とは打って変わり怯えた様子を見せた。確かにところどころ何かの貼り付いた跡のある古い箱は冷静に見ればどこか不気味である。
「えーと、その、この箱はですね」
「お宝? 宝石? なんだろ?」
 なんとか説明を試みる櫻子だが、箱の出所から話そうとしてしまって上手く話が作れず、要領を得ない。加えて京子はとりあえずマイペースに煽るようなことを捲したてる。似たタイプのふたりが悪い方へと協調したような状況に、向日葵は小さく溜息を吐いた。
――まったく櫻子と歳納先輩はどうしてこう……。
 向日葵がそろそろ助け船を出そうかと思いはじめたとき、先程から黙って考え込んでいた結衣が突然口を開いた。
「これ、寄木細工だよね。もしかして……開かないの?」
「はい。さすが船見先輩です。相談と言うのはそのことで」
 こんな状況でも冷静に判断ができるとは。溜息を吐いていただけの自分とは大違いだと向日葵は思ったが、気を取り直してその後を受け、説明を始めてしまうことにした。
櫻子は小さく呻くと、しばらくしてから「ありがと」と小声で感謝を述べた。向日葵は説明を続けながらその少し申し訳なさそうな表情をちらりと横目で捉え、密かに満足した。
 向日葵による一通りの説明が終わった。
 話の中では箱は櫻子の家由来であるというニュアンスであったが、櫻子はこれ幸いとそのまま流すことにした。
「じゃあ櫻子ちゃんも何がこの中に入っているのか知らないんだ?」
「うん。でもなんか、すごいものだよ。絶対!」
 あかりの疑問に、憶測に過ぎないはずの意見を断言する櫻子。しかし、櫻子の中ではその認識は疑いようのない事実にまでなっていた。
「よし! 悪いがすぐに開けさせてもらっちゃうよ!」
 事情を理解したところで、京子が真っ先に手をかけた。
 ちなつも興味津々な様子で手を伸ばしかけていたが、先を越された形になり、唇を尖らせる。
「またそんなこと言って……寄木細工って確か、多いやつで開けるまでに百手以上かかるんじゃなかったか?」
「結衣先輩の言うとおりですよ!」
 一応突っ込む結衣。ちなつは即座に結衣を持ち上げつつ、憎まれ口を叩いた。
「まあまあ。ちなつちゃん……これでも飲んで」
 あかりが麦茶を注ぎ足して、ちなつをなだめる。
「どうも!」
 拗ねた様子で湯のみを受け取るちなつ。他のメンバーは京子に箱を弄らせておいて、手順をどうやって探るか話し合い始めた。
 それからしばらく経って、箱を弄る京子がだらりと両腕を卓上に投げだして泣き言を言う。
「あーダメだー。これ、壊れてるんじゃないの?」
「そんなわけないだろ。何回かはちゃんと動くじゃないか」
「だってさー」
 どうやら早くも京子は飽きてしまったらしい。箱をテーブルに置くと伸びをするように畳に倒れ込み、読みかけていた漫画に戻ってしまった。呆れた様子の結衣だったがこうなってしまうと何を言っても無駄だとわかっていて、静かに嘆息した。
「まったく京子先輩は飽きっぽいんですから」
 ちなつは遠慮なく指摘する。「なんだよー」と少し不満げな様子の京子だったが、結衣の予想どおり完全に興味は漫画へと移ってしまったらしかった。
「じゃあさっきの話のとおりにやってみますね」
「ちなつちゃん頼んだ!」
 流れで今度はちなつが名乗りを上げる。先程までの意見の出し合いについていけなかったらしい櫻子は、すっかり見学モードだ。
 そんな様子を見て向日葵は再び、京子と櫻子は似ているなと思い静かに笑った。

 

 大きな進展のないままに時刻は五時を大きく回り、陽もだいぶ傾いてきた。
「今日はもうそろそろ諦めないとだな。まさか、本当に難しかったとは……」
「そうですわね……もうそろそろ完全下校時刻ですわ」
「「えー」」
 途中から漫画に熱中してしまった京子と持ち込んだくせに終始見ているだけだった櫻子が不満の声を漏らした。
 あのあと、ちなつもしばらく弄ってリタイアし、もう一度いろいろと方針から考え直しているうちにタイムリミットとなってしまった。
 正式な部活でなくとも、完全下校時刻は守らなければ校内に閉じ込められてしまうし、各所施錠の確認もある。みんな忘れかけているが、部室もとい茶道部室は大っぴらに使って良い所ではないのだ。
「残念だったね……でも、あかり何回か動かせたよ!」
 最後に挑戦し、なんだかんだいって忍耐強く長時間弄っていたあかりが、そう報告した。
「でもこれ、手順をどうやって記録しておくんですか……?」
「う……確かに」
 ふと思いついたかのようなちなつの指摘は鋭いもので、結衣は小さく唸った。何せこの寄木細工の箱は隙間等をよく見なければ上下の判別もままならない。
「じゃあ、手順は絵に描いて残しましょう! 明日は何か描く物を持ってきますね!」
「え……あの……じゃあ、お願いできるかな?」
「はい!」
 ちなつの口から出た『描く』という表現に結衣は少し動じたが、ちなつには気にならないらしく「結衣先輩の為なら!」と後ろに付きそうなほどに快諾した。その横でちなつの明日という言葉を受けた京子は何か思いついたらしい顔になる。
「よーし、じゃあ当面ごらく部の活動としてこの箱の攻略を続けよう! みんなで協力して頑張るぞー!」
「いいですねー!」
「わぁいパズル、あかりパズル大好き!」
 京子の宣言は完全に思いつきのものだったが、即座にちなつとあかりが賛同した。「まあ、特にすることもないしな」と今日は頭脳担当だった結衣も乗り気のようだ。
「……良かったですわね、櫻子」
「うん。やっぱみんなで何かするって楽しいなー」
 櫻子は向日葵とふたりだけの秘密にしなくて良かったと思った。何より今日の向日葵は楽しそうだった。
 少し話した結果、箱はそのままの状態で部室に置いておくことになり、皆鞄を携え、部室を後にした。

 

「じゃあまた、明日の放課後にね!」
「じゃあね。櫻子ちゃん、向日葵ちゃん」
 途中でみんなと別れた櫻子と向日葵は、またいつものようにふたりきりで並んで歩く。
「櫻子は……」
「なに、向日葵?」
 ぽつりと呟いた向日葵の顔を覗き込むように、櫻子は振り向いた。
「いえ、何でもありませんわ」
 しかし、目が合うと向日葵は視線を外して黙ってしまった。「なんだよーもー」と櫻子は大げさにそれでいて柔らかに呟いて一歩前を歩く。何か言いづらいことを言うときの向日葵は、いつもこうなのだ。櫻子は先を促すことをしない。これは幼馴染だからこそ感じ取ることのできる空気なのかもしれなかった。
「……櫻子は、本当はもっと今日みたいに、大勢で騒いだりして、遊びたいんじゃありませんの?」
「…………」
 意を決して向日葵が口にした言葉は、黄昏時のぼんやりとした空気に溶けていく。
 たっぷりと時間をかけ、櫻子は答えた。
「どうしてそう思うの?」
 そこにはいつもの軽薄なノリなど皆無で、そういうときの櫻子は本当にずるいといつも思う。
「どうしてって、その……」
「私はね、向日葵」
 口の重い向日葵を遮った櫻子は、そこまで言うとくるりと踵で回って彼女の方を向いた。
「友達はたくさんいても、親友は向日葵しかいないんだ」
 向日葵は目を合わせないままに表情を固める。
「親友というかもう姉妹みたいなものじゃん? だからさ……向日葵じゃないと、ダメなんだよ」
 櫻子は、先程部室で同じことを考えて出た結論を話した。
「あれ、どうしたの? いつものお小言は?」
 気恥ずかしい空気に耐えきれず、櫻子が茶化す。
「……くたばれ」
「ひど! いくら姉妹みたいだとは言ってもそれはひどい!」
「もう櫻子は本当に……もうっ!」
 顔をそむけてしまった向日葵の珍しい様子を観察しながら、櫻子は考えた。
――変な向日葵。そういえば昨日もなんだかおかしかったな……あーもー、なんだか今になって恥ずかしい!
 昔からたまにこういうことがあった。向日葵がいつものようにしていてくれなければ櫻子も調子が狂ってしまう。自覚はしていないが、櫻子も櫻子で相当向日葵に寄りかかっている。喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものだ。
 少し居心地の悪い空気がふたりの間を満たした。しかし、姉妹ほどに近しいふたりの関係は家に帰り着くまでその空気から逃れることを許してはくれなかった。

コトリバコ×ゆるゆり 第一話

 

◆九月一日(日) - 九月の初め、日曜日の朝

 

 夏休みも残すところあと半日。そんな寂寥感を伴う昼下がり、櫻子は自宅で横になってだらだらと過ごしていた。
「絶対あつーい……動きたくなーい」
 九月は頭とはいえまだまだ残暑は厳しい。冷房をきかせた上、扇風機の前に陣取って櫻子は呟いた。ちらりと窓の外へと視線を移せば燦々と輝く太陽、濃い緑の木々、夏真っ盛りと見紛うばかりの天気だった。
「なんで出かける約束なんかしちゃったんだろーなー」
 脚をばたつかせながらぶつくさと文句を呟いてはいるが、楽しそうである。昨日になって急に思い立ち、向日葵と一緒に遊ぶことに決めたのはほかでもない櫻子自身だった。
 休日のふたりは家が隣であるということもあり、どちらかの自宅で過ごすことが多い。夏休みが明けてふと思い返せば、せっかくの長期休暇中もそんな感じで過ごしてしまっていたことに気がついたのだ。
 思いついたが吉日とばかりに外出のお誘いをかけたところ、向日葵にも外出する予定があるとの話。「なら私もつき合う!」とテンションが上がる櫻子だったが、向日葵の歯切れは悪く――
「ああっ!」
 そこまで回想した櫻子は素早く時刻を確認し、目を見開いて立ち上がった。
「今日は外で待ち合わせだった!」
 櫻子がぐだぐだと駄々をこねた結果、向日葵は元々の用事を午前中になんとか済ませるので昼過ぎに駅前で合流でもいいならと答えたのだった。
 いつものように向日葵の家に行って後は流れで。などと考えていた櫻子はしばし呆然とした。こんな約束の時間ギリギリに動きはじめたのでは間に合いっこない。その上今日はこの暑さだ。そんな炎天下で人を待たせるのは、いくら気心が知れた向日葵相手でもさすがに申し訳なく思った。
 櫻子は急いで出かける準備を終えると、靴も履きかけのままに家から飛び出した。抜けるような高く青い空。陽炎の立ち上るアスファルトの道を駆ける。
 想像どおりに降り注ぐ太陽の光と初秋のくたびれた蝉の声を肌で感じながら、櫻子は抑えきれないわくわくとした気持ちを口許に湛え、今日そしてこれからも続くであろう楽しい日々に思いを馳せた。毎日は意識をすれば楽しいことだらけだ。

 

 気温は三十度を超え、風もほぼ無風の中、アスファルトの道を走り続ける。しばらくは軽快な走りを見せていた櫻子だったが、照りつける陽射しには一切の容赦もない。
「あついー死ぬー! もう無理ぃー……」
 櫻子はついに限界を迎え、力なく両腕を垂らしふらふらと歩きだした。途端に汗がにじむ。
「とけちゃう……あついのきらーい。そろそろ夏は終わりでいいよもう……」
 文句を言っていても仕方がないのだが突っ込む人が隣にいない。そうとわかってはいても悪態を吐かずにはいられないほどこの日は酷暑だった。数日涼しい日が続いていたこともあり余計に体に堪える。
 急がなければという気持ちが大きくなる櫻子だったが、汗をかきすぎるのは面倒でもあった。
「あ、そうだ。こうやって影のとこを進めば暑くないじゃん!」
 少しでも熱線から逃れようと物の影を辿って歩くことを思いついた櫻子は、ぴょんぴょんと影から影に飛び移りながら先を急いだ。
 傍から見れば余計に暑くなるのではないかというような行動だったが、自らの画期的な思いつきに酔ってしまっているらしい。
「あはっ、すっずしー。って、あれ」
 大きな木陰に入ったところでふと横を見ればいかにも涼しげな林が広がっている。何やら由緒の正しそうな旧家の裏手にある林だった。
 櫻子は以前、何かの当番で近所の家々を回る母についていってこの家にも訪れたことがあったことを思い出す。
――確かこの林、向こうの大通りまで続いてて……。
「そうだ! ここ通っていけば涼しいし、近道できる! 我ながらナイスアイディア!」
 もちろん余所様の敷地に無断で侵入することになるわけなのだが、櫻子はその辺を深く考えず「おっじゃましまーす」とだけ声をかけ、意気揚々と林の中に入っていった。


 林の中は適度に明るく、よく手入れされているようでそれほど歩きづらいわけでもない。無風だと思っていたが涼やかな風も時折吹いてくる。何より鮮やかな緑の木々が、刺すように照りつける陽射しを遮ってくれているのが大きかった。
 櫻子は自分の判断が正しかったことを確信しながらずんずんと林を奥に進む。個人の敷地内にある林だ。それほどの大きさもなく、行く先の木々の隙間からは大通りを走る車から反射した光がちらちらと見える。
 ちょっとした探検気分できょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた櫻子だったが、かすかな違和感に足を止めた。
「ん? あれ、なんだろこれ」
 よく見ると、すぐ右手に小さな祠のようなものがある。そんな人工物があれば、ここまで近づかなくても目に留まりそうなものだったが、どういうわけだかまったく気がつかなかったのだ。まるでわざとそうされているかのように風景と同化していた。
 櫻子は急いでいることも忘れ、吸い寄せられるようにその祠へと近づいていった。
「…………」
 相当古い。まず出てきたのはそんな感想だった。
 すべて木でできているのであろう祠は全体的にぼろぼろで、長年風雨に曝されたものであることは一目瞭然だった。
 なんとなく薄気味悪いものを感じ、そのまま立ち去ろうとした櫻子だったが、ふと見ればその祠の中に何やら安置されている。
「……箱」
 ぽつりと呟くと次に気がついたときにはすでに十センチメートル四方ほどの箱がその手の中にあった。
 櫻子はきょとんとした顔で、箱を矯めつ眇めつする。
 墨で何か書かれた紙がべたべたと貼り付けられているが、その隙間から見るに寄木細工のようだ。櫻子の脳裏にいつかの記憶が浮かび上がる。
 幼少期に家族で旅行に行ったときのことだ。
 これとよく似た箱を土産物屋で発見し、親にせがんだが買ってもらえなかったことがあった。散々駄々をこねたので憶えている。売り場のお姉さんがその開閉の実演とともに言っていた言葉も思い出された。
『こうやって開けるのを難しくして、大事な宝物をしまっておくためのものなの。「秘密箱」ともいうのよ』
 秘密という表現に子供心を擽られ、欲しくて欲しくて堪らなかったのだ。
 もう一度箱をよく眺めた。ただでさえ開けるのが難しいはずなのに厳重な封がなされているように見える。軽く振ってみると何かが詰まっているような手応えがあった。
――これは絶対なんかすごいものが入ってる!
 櫻子はにんまりと笑うと、その箱を、表面についていた紙を剥がして捨て、バッグの中にしまってしまった。
 わくわくとした気持ちが余所の家の物を盗んでいるという事実を覆い隠してしまったのか、その祠があまりに古く、放置されていたように見えたことが原因か――とにもかくにも、まったく罪悪感を覚えることのないまま、櫻子はぱちりと目を瞬かせて我に返った。
「あああ! そうだ向日葵が待ってるんだった!」
 何のためにした近道だったのかと後悔した櫻子だったが、この箱の話でチャラにしてもらおうと思い直して先を急ぐ。出掛けのときにも増してその心は踊っていた。

 結局、約束の時間を十五分以上過ぎたところでようやく櫻子は向日葵との待ち合わせ場所に到着した。
「ごめーん向日葵ー!」
「まったく、あなたから誘っておいて遅刻するなんて一体どういう神経してますの?」
 あの林の中で思いの外時間をくってしまっていたようで、想定どおりの近道には全くならなかったらしい。
「外で待ち合わせだったことすっかり忘れちゃってて」
「本当に櫻子、あなたって人はどうしてこう……」
「そ、そんなことよりも! これ!」
 櫻子は小言を遮ってバッグを開け、例の箱を取り出した。
「……なんですの、その古ぼけた箱は?」
「古いとかじゃないの! 寄木細工だよ寄木細工。まさか、知らないの?」
「そのぐらいはもちろん知っていますけど……どうしたんですの、それ?」
 櫻子は、そう問われて初めて、この箱を無断で持ち出してきてしまったことに気がついた。
「あーえーと……」
 露骨に目が泳ぐ櫻子を向日葵は訝る。
「まさか、それで遊んでて遅くなったとかいう」
「え、あ、ああ! 実はそうなんだ! ごめんごめん、つい夢中になっちゃってー」
 櫻子は向日葵の勘違いに即座に乗っかることにした。あんまりしどろもどろなので完全に疑いが晴れたわけではなかったが、何分も待たされていた向日葵は追及を諦めたようだ。
「……まあ、いいですわ。とにかくまずどこかお店に入って休みましょう。私、もう喉がからからで」
「わ、私も! 急いで来たからのど乾いちゃって! ……いや、その……ごめんなさい」
 じろりと睨まれ櫻子は素直に謝る。普段からいがみ合ってはいるが、なんだかんだで仲の良いふたりだ。謝るべきタイミングを心得ていた。
「よろしい。じゃあ飲み物は櫻子のおごりですわよ」
 うなだれる櫻子を置いて向日葵はすたすたと歩きだす。
「そ、そんなぁー」
「やはり誠意は形にして示してもらわないと」
 小走りで並んで向日葵の腕に縋ろうとする櫻子。それを腕だけでかわした向日葵の口元はもちろん笑っていた。
 口には出さないが大事な幼馴染。自分と違って感情をストレートに出す櫻子を彼女は羨ましく思うこともあった。
「……一体どんな顔をするか、楽しみですわね」
「ん? なんか言った?」
「なんでもありませんわ」
 バッグの持ち手を強く握り歩みを速める向日葵は、その拍子にたゆんと揺れた胸元が目に入った櫻子が「おっぱい禁止!」と騒ぐのも笑って許せる、そんな心持ちだった。

 

 帰宅してすぐにシャワーを浴びた櫻子は、夕食を静かに平らげるとすぐに自室に引っ込んでしまった。久しぶりの外出で思いの外疲れていたらしく、食事の最中から睡魔が襲ってきていたのだ。少し早い時間だが寝てしまうことにした。床に就き、楽しかった今日の出来事を振り返る。
「夏休み、もっと出かければよかったなー」
 確かに暑いのは嫌だった。でもそれを差し引いても余りあるほどに楽しい時間だった。もう少し涼しくなったらまたみんなでどこかに出かけたい。そんなことを想う櫻子だったが、結局持ち帰ってきてしまい、今もバッグの中にある箱については思い至らない。
 今日の向日葵はどういう風の吹き回しなのか終始機嫌が良く、楽しく過ごすことができた。箱のせいで遅刻して怒られたこと以外では特に口喧嘩も生じなかったのだ。そして櫻子の思考回路はわざわざ唯一の諍いを思い出すようにはできていない。
 叱られたことに対していい加減な櫻子ではあったが、そのことを根に持つことのない、さっぱりとした性格でもあった。それ故に向日葵も本気で怒ることはないし友達も多い。
 そんな性格では一歩間違えば人の注意を聞かない、聞いてもすぐに別の考えで行動してしまうような傍迷惑な存在になりかねない。しかし、実際はいつも一緒にいる向日葵が、行きすぎる前に細かく修正してくれている。それをよく知っている櫻子は、言葉にこそ出さないが向日葵のことを信頼しており、彼女の言うことであれば少なくとも邪険にはしない。
 そんな関係だから、向日葵が終始楽しそうに過ごしていれば、櫻子も良い意味で調子づいて楽しくなる。それに加えて今日は小さな諍いが生じそうな場面で何度も向日葵から折れてくれた。思い返す中でそのことに気がついた櫻子は、胸がいっぱいになった。そんな想いを抱くようにして寝返りを打つ。なんとも満ち足りた気持ちだった。殺しきれぬあくびが漏れ、櫻子はこの気持ちのままに寝てしまうことにした。
 意識を手放す狭間、櫻子は密かに決意した。
――これからは、なるべく向日葵に迷惑をかけないようにしなきゃ。

気まぐれな更新になりました

 こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

 私は特に変わらない日々を送っております。

 

 最近、ようやっと踏ん切りをつけて手をつけたゲーム(エロゲー)の感想でも書ければと思っていましたが、なかなか適当にでっちあげるわけにもいかない感じで困っております。
 それは自分の人生の中で大きな存在になりすぎていたシリーズ作品で、3部作の最終作が発売されたのは去年の年末だったのですが、手をつけるまで半年弱──界隈の興奮も一段落して、一緒に盛り上がれるような空気はないのですが、元々そういう人間でもないので諦観と共に先週あたりですべて読み終えました。

 

 『殻ノ少女』『虚ノ少女』『天ノ少女』(Innocent Grey)がそのシリーズ作品なわけですが、1作目の『殻ノ少女』は2008年発表で2020年発表の最終作『天ノ少女』までの12年間、多くのシリーズファンよろしく、私もその作内で描かれたような偏執(パラノイア)に囚われていたひとりでありました。

 ちょっと前に、エヴァンゲリオンが完結したということで、その界隈が賑やかでありました。そのテレビシリーズが1995年放映ということで、そちらの方が歴史も長く、物語や作品群のスケールも大違いなのでしょうが、そちらについて私はほとんど明るくありませんでしたので、界隈の盛り上がりをただただ眺めているだけでした。

 今、その人たちの気持ちがようやくわかったような、そんな感じがしています。

 

 この気持ちにどうにか整理をつけようと、作品群を通しで触れてみようと思ったのですが、これが大変でした。

 前に、同じブランドのFLOWERSシリーズを一気に享受したときにもぶつかった壁なのですが、殻ノ少女シリーズもドラマCDや特典冊子などでサイドストーリーを展開しているのですよね。
 1作目のドラマCDが未所持な状況でして、特にこれがキツイものがあります。

 このシリーズに本格的に嵌まり込んだタイミングは2作目の発売直前くらいだったと記憶していますが、そのため、それ以前に発売された本編パッケージ以外のものについては、蒐集が甘かったのです。

 本気で悔やまれます……でも、再販されることもなく、これからどんどん入手が困難になっていくばかりです。
 かなりのプレミア価格となっていることは承知の上で、集めなければならないのでしょう。人生の上で、重要な事柄なので。

 

 これまでで一番大きな買い物は自家用車なわけですが、それ未満ですし、桁も全然違うわけですから、何も考えずに買ってしまうのが重畳な気もしてきました。

 買うか。買おう。

あと2か月の命

最近はゲームばかりしている。

元々出不精な性質なので世の中の情勢に起因してのストレスというものはほとんどないが、やりたいゲームがたくさんあることもそういったことの一助になってはいるのだろう。

 

アーシャのアトリエDX(Steam・DLC同梱版)

 何故か今になってアトリエシリーズに再び手を出してしまいました。
 プレイしたのはマリー・エリー & アニスなどという2003年の作品以来なので、まあほとんど初めてみたいなものと言ってよいです。

 一番やったのはエリーのアトリエで、これはアトリエシリーズとしては2作目となります。そしてこのアーシャは、14作目だそうで……随分と期間が空いていますね。

 その間に、システム面でいろいろな変化があることは想定していました。
 なんかお約束の台詞*1なんてのも出来ていたようです。あんなのエリーは言っていたのかな?

 

 とにもかくにも、ようやく先日トロフィーコンプリートまで漕ぎ着けました。

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 プレイ時間は295.7時間と出ています。まあまあやったなあ。
 Twitterによれば7/18まではクライスタというゲームをやっていたみたいなので、それから49日ほどでクリアしたことになります。単純に割り返すと約6hr/dayになってやばいやつですが、ゲーム画面をつけっぱなしで別のことをする癖があるので実際のプレイ時間はそうでもありません。半分くらいかもしれない。

 総合的な所感を述べれば、ストーリーやキャラクターなど言うことなしというか、素晴らしい出来でした。プレイできてよかったです。

 調合システムは、本当に以前とまったく違うものになっていて、特に失敗がないことには驚きました。ただ、より複雑にはなっていて……2周目の最後の方まで本当に慣れませんでした。雑魚なので。ちなみに最終的には4周することとなりました。

 一方で、イベントの多さは昔と変わらなかった点でした。

 各登場人物との会話イベントについて、その発生条件を調整しながら一度の周回でなるべく多く回収しようというゲーム性は、エリーのアトリエでも同じように頭を悩ませながら楽しんだ記憶があります。そういった魅力は継承されていました。

 でも、戦闘はまた全然違う……なんと言いますか、エンドコンテンツになっていて、かなりの手応えがありました。戦闘のために補助アイテムを調合することが、このゲームの最も重要な課題となっていたのでした。そしてその調合システムがかなり複雑化していることで、数あるイベントをどう効率的に発生させていくのかという昔からのゲーム性との2本軸で、よりゲーム性を高めたものになっていました。

 大変でしたが、苦痛ではなく、楽しめたので本当によかったです。

 

 ……というのも、既にアトリエシリーズをあと3本購入済みなのです。
 これでちょっと現在のアトリエが私にとって好ましくない方向に舵を切っていたらと思うと……いや、私はガストを信じていました。ありがとう。ありがとう。

 

 ちなみに一番好きなキャラはもちろんオディーリアさんです。夢見るオートマタイベント。感謝しかありませんでした。
 そう。オートマタ。感情を抑えた声色・表情のオートマタ。永劫の時を待機モードでさあ……よかったねぇ……本当に。泣いてしまうね。

 

 planetarianという作品があって、そこに出てくるロボットキャラクターのことを何回か話したことがある気がしますが、彼女もそんなシチュエーションにおかれていました。
 プログラムされたとおりに、来館者を待ち続けていたコンパニオンロボット。そこに主人公が本当に偶然、奇跡的に現れるという筋書きです。

 壊れるまで命令を実行し続けているロボット。

 死。

 

 

○ドールズフロントライン

 ガンスリコラボイベントがあると、随分前に目にしてそれからちょっとだけ触っていました。
 触っていたのですが、いつになっても始まらない――で、よくよく調べると、本国版の方でまずイベントが開催されてから、期間が空いて日本版に輸入されてくると。そういうことみたいでした。
 で、ついに先週からそのイベントが始まったわけです。

 始まったのですが……相当、今焦っています。

 

 普段よく触っているメギドなるゲームがありますが、そのイベントは、かなり攻略難易度が低く 、イベントのゴールまではわりとすぐに辿りつけるのです。
 おんなじような気でいたら、このゲームはまったくダメでした。

 「まず、平均レベルMAX付近まで育てた部隊を2つ用意します」

 なんて公式攻略動画で言っているのですからおしまいですね。
 変にそのイベントが始まるのを見てから始めたような人でも楽々クリアできるくらいだろうと高をくくっていたせいで、痛い目を見ています。

 一応、強化アイテムなどをちょっとずつ集めたり、使えると言われるキャラクターを途中まで育てたりしていたのですが、全然間に合っていません。

 

 誰かたすけて。

 

 

○メギド

 先のイベントでジズがリジェネレイドして、月中ガチャになりました。
 それが単体でアタッカーとしての役割をこなしてしまえる破格のステータスを持っていたので界隈がざわついています。

 このゲーム、多様性多様性と何度も耳にするくらい、戦闘での選択肢の多さ、自由度の高さをウリにしているところがありますので、単純な強キャラを実装することへの抵抗があるプレイヤーも多いようです。

 ゲームバランスが崩れるとか、産廃キャラが出てくるだとか。そういう意見が叫ばれています。

 ただ、メギド72はほとんどソロゲーに近いものがあり、強いキャラでイベントのランキングを走るとかそういったことは生じないため、あくまで自分の選択の中で、各敵キャラクター相手に対する最適解が今回実装のジズRに席巻される。という話ではあります。短期的に見れば。

 それが長期的にどのような、敵のインフレだとかを招いたりするのかは、正直未知数だと私は思っています。

 強くて最適解しか採用しない人もいれば、パズルのようなチェインが決まる瞬間が好きな人、点穴やHボムのような耐久しながら溜めて一気に放つような戦法に快感を得る人など様々だと思います。あるキャラクターが好きで、なるべくそのキャラクターを使う人だっているでしょう。

 最適解だけを求めれば、選択される機会が相対的に減るかもしれない。でもそれは、既存のキャラクターが絶対的に損なわれたわけではないのですよね……。

 

 何かと暴れたいだけで、特に自分なりの楽しみ方が損なわれたわけではない人がいるのもしょうがないですが、あんまり例の攻略サイトとかでは暴れないでね。

 アゲとサゲで、どちらも同じくらい無根拠だとしたら、サゲの方が悪影響がかなり大きいと思うので……(目に入っただけで純粋に負の感情が想起されるため)

*1:樽のオブジェクトを調べると主人公が「たる」とコメントするもの

吐き気を催すほどの邪悪

 犬と会話ができるだなんて、頭がおかしくなったんじゃないか?
 そう思われることは百も承知で、それでも僕にとってはそれが現実だった。

 現実が世間の常識から乖離していくにつれ、僕と彼女の関係は当然のように深まっていった。
 その他大勢には理解できない、稀有な体験をしているということに、優越感すら伴っていた。

 のめり込んだその先に待っている暗がりのことだって、ほとんど初めから予感していたというのに。

 

 

 彼女は愛らしく、よく尽くしてくれた。
 僕のことを一番にして、自分を含めたほかの一切を埒外にして。どこまでも前のめりなその献身さをありがたく感じていた。

 その身に余ることだと、彼女はよく口にしていた。

 それは僕にとっても同じであったが、その熱量を持った気持ちに眩さを覚え、次第に目を向けていることがつらくなっていった。

 

 一度それに気付くと、事あるごとに湧く罪悪感が、じわじわと僕を苛んだ。
 苛まれている、そのこと自体にも情けなさを覚える始末。そんな僕を、当然彼女は労わり続けた。

 次第に僕は、自身の性質の瑕疵に理由を求めていった。

 

 

 自らの裡で考えを捏ね続けるのは限界だった。
 想定に想定を重ねていっても、自分が如何におぞましいかが詳らかになっていくだけだ。

 僕は救いを客観的な事実に求めた。

 

 僕と彼女の関係の意味は?

 逸脱したそもそものきっかけは?

 何を間違ってしまった?

 

 他人に相談をするということをしてこなかった。
 相談できる相手はいたのに。

 やはり自分は。いや、動かなければ。

 助かりたいという一心で、田舎に帰った。
 やっとはっきりとした。予感が決定的に確定した。他人から初めて突き付けられたのだ。容赦のない言葉。

 

 そうだ。それは避けなければならない。
 生物として当然のことだ。誰だって、どうしたって納得せざるを得ない。
 圧倒的に正しいことだ。間違っていない。これで安心だ。

 

 お母さん、ありがとう。

釣りスタ ワールドツアーをやりました

釣りゲームがやりたいなと思って調べたのですがほとんど選択肢がなく、釣れる魚の種類やロッドやリールといった道具の種類が多そうなこちらの作品をプレイすることにしました。

 

○総評

全クリ(全種類の魚を釣り上げる)まで普通にプレイする分にはある程度普通ですが、やり込み要素に入る(ミッションをコンプリートしようとする)と、心が折れてしまいます。
また、その心の折れ方はゲームシステムの不満点を意識してしまうことによるもので、ある程度のやり込みまでプレイするスタイルの私にとっては、プレイ後感がちょっと悪かったです。

ただ、ステージや魚のグラフィックは本当に綺麗なので、システム的なことでがっかりしてしまうのは本当に残念でした。
素材がよくできているわけですから、システムをもう少し厚くすれば、ある程度の満足感が得られる作品にまとまっていたように思います。

 

○よかった点

・グラフィックが綺麗
魚の鱗に光が当たった具合とか、魚の動きとか、本当に綺麗です。

・環境音がよい
BGM消してやると水の流れや鳥のさえずりなど、かなり癒されます。

・難易度はちょうどよい
釣り上げるとき(ファイト時)の手応えが適切でした。
このゲームは攻略の方針として大きく分けてふたつ、リールを巻いていってチャンスサークルを生じさせて一気に巻き上げる方法と、ロッドを倒して魚を疲れさせて動きが鈍くなったときに一気に巻き上げる方法があります。
難敵にはロッドを巻いたときにテンションが上がり過ぎたり、タフで中々疲れてくれなかったりと特徴がある感じで、どういった方針で攻略するか思考錯誤する楽しみはありました。

 

○不満な点

・最大サイズの釣れる確率がとても低い
このゲーム最大の残念な点です。これで心が折れました。
確率を少しでも上げる手立てが何かあればいいのですが、それもない。と言いますか、あるのかもしれませんが、作中にヒントが見当たりませんでした。
いろいろと仮説を立ててステージ1-1で探ってみましたが…………わからず終いで終了です。
ミッションに全ての魚の最大サイズを釣るというものが設定されているにもかかわらず、現実的に実現不可能というか、超えてはいけないラインを超えた作業感を押し付けられているという事実を悟った瞬間、絶望しかありませんでした。
岸から遠ければ遠いほど大きなサイズが出やすいとかそういうことでもないようです。(奥の方に出現する魚影の方が一段階だけ大きな魚にはなっているみたいです。)
特定の魚影が特定の種類の魚だということはわかったが、特定の魚影が明らかに大物かというとそういうことでもなさそう。
能力の高い道具を使えば大きいかというとそうでもなさそう。
釣果数ミッションの最後の方(達成がゲームクリア後になると思われるミッション)の報酬であるイロモノっぽいルアーを使ってみるも、意味はなさそうです。
お手上げです。

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達成させる気がないとしか思えない

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174匹釣っても出ない最大サイズ(★4)これがあと150種類以上あるなんてお手上げです

・一度も使わないロッドやリールがある
せっかくバラエティに富んだロッドやリールがあるのに場所や狙った魚に合わせて選択をするということがほとんど必要ありません。
尖った性能のものがなく、単純に強いものを装備しておけばよい上に、ストーリーが進行してから現時点での最高性能のものよりも能力の低いロッドが手に入るといったこともありました。
また、タックルのセットを保存できる機能がありますが、能力の比較にしか使いませんでした。それも、能力がバーの長さで表示されているために、その大小が比較しづらいことに起因するものです。つまり、素直に数値で表示されていれば必要のない行為であって、不便な点でした。
さらに言うなら、ルアーだって同じような適正のものはデザインでだって別のものを選ぶ必然性がないんですよ。引いたときの動きが違うとか、何か凝ったことになっていればまだマシだったのでしょうが。

・ゲームに必要と思われる数値が表示されていない
例えば、ルアーの位置が岸から何メートルか表示されません。
でも、チャンスサークルが出るタイミングでは残り距離が表示されたりします。
つまり、内部ではパラメータとして持っているというわけで、それを表示させてない不親切さを感じた点です。
あとは、チャンスサークルが生じるのはリールを巻いたりしていくと溜まるエネルギーが最大まで溜まった時だとヘルプに記載されていますが、そのエネルギーも可視化されていません。ゲージをひとつ増やせばいいだけなのに。
装備品の能力が数値で表示されていないというのもそうですね。

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エネルギーの溜まりやすさが視覚的にわかれば戦略も立てやすいのに

・さかな図鑑で魚を観賞できない
よかった点で挙げましたが、グラフィックは本当に綺麗なのです。
それなのに、この有様。図鑑と銘打っているなら拡大や回転などその美麗な魚をじっくり鑑賞できたり、生態などコラムが載っていたりすればいいのにと思います。
よかった点を生かしきれていないのがとても残念です。

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美麗なグラフィックもリザルト画面が一番大きく表示されるお魚

・ステージで魚が跳ねる演出が度々起こるが意味深なだけで効果が不明
これは言いがかりに近いですが、100匹以上同じ魚を釣ったりしていろいろと思考錯誤していく中で、意味深な演出に気が滅入りました。
根本的なことを言いますと、このゲームに対しての信頼性が揺らいでいるのがこの不満点を生じさせているのだと思います。
さかな図鑑の件だとか、ヘルプで言及のあるチャンスサークルが発生するためのエネルギーのゲージがないだとか、そういったシステム面において不親切だと感じることが、この演出が単なる演出なのか、それとも不親切なだけで意味のある匂わせなのかを判断できなくさせています。

 

昔、PSでやった釣りゲーム*1があって、それが恋しくて購入したのでした。
そのゲームは仕掛けがかなり現実寄りで、おもりだけで何種もあって仕掛けもいくつもあって、それによってかかる魚は違うし、季節や天気や潮汐なんかも影響してきていてかなり凝ったシステムでした。
それを期待して、いざ始めてみて方向性が違うことはすぐにわかりました。
なので期待外れといってがっかりすることはありませんが…………でも、検索してみてわかりましたが、国産の釣りゲーは死んでしまったのですね。
こんなところでゲーム業界の衰退というか、時代の流れを感じてしまったことに寂寥感を覚えています。

*1:『釣道 海釣り篇』ってやつです……実況とかが上がってるみたいで、ちょっと見てもらえば言っていることがわかると思いますの。


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