たしかに正しいけど、その通りだけど。

ブログじゃないという体でまとまった文章を置いておきたい場所

くまみこのはなし12

12.

 

 弱ったナツの世話をまちに任せてふたりの元を離れたオレは、まっすぐ帰途に就いた。

 自宅に着き玄関の戸を開けると、そこには両親が揃って待ち構えていた。

 面食らうオレを無視しておやじが言う。

「よしお。話がある」

「……はい」

 そのいつになく厳しい声に素直に従いながら、事態はどこまで知れているのかといったことに頭を巡らしていた。

 居間まで歩く際、心配そうなおふくろと目が合う。それには慌てて目を伏せた。

 オレにも責任の一端があると、そのことだけはよくわかっていた。

 

「率直に訊く……お前、あのよそ者に何を教えた?」

「村の秘密に関することは、何も喋ってない」

「何を教えたんだって訊いてんだ!」

「……」

 おやじの質問に一旦答えたオレだったが、再度の問い質されると言葉が出てこない。

 オレは彼女に何を教えたのだろうか。何も教えたつもりはない。

 彼女は自力で何かに辿りつこうとして、そして偶然、辿り着いてはいけない別のものに辿り着いてしまっただけのことだ。

 しかし実際のところは不明だ。詳しく彼女が何を考えていたのかまではわからない。それを尋ねることすら、彼女に何かを教えることになる可能性もあった。

「母さんの話じゃ、巫女さんは何も、具体的にゃ話さんかったということだ」

 やはり聞いていたか。

 うちで語らう以上、そのようなことがあるかもしれないと、彼女も想像していたのだろう。

 しかしそもそも、オレと話していたときだって同じような調子だった。その会話の端々から得られた情報を組み合わせて考察していたに違いない。

「同じだよ。だからあれは、本当に偶然なんじゃないかと思う。話といえば、その名のとおり山も村も好きだと。そう言っていたから……山を歩くつもりで入ってしまっただけだと思う」

「山には入んなともっと強く――」

「言ったよ! 言うに決まってるだろ!!」

 自分も思っていたことを責められ、感情が高ぶる。

 それを見て、おやじも一度口を噤んだ。

「……悪い。自分でもどうして止められなかったのかと、それは本当に……悔しくて……」

 事故だ。と言ってしまえば簡単だ。

 しかし、もしオレがこの村に来た彼女に対してもっと不愉快な対応をとっていれば結果は違ったかもしれない。親身にならなかったら、ここに泊めると言わなかったら、こんなことにはならなかったかもしれない。だけど、それではこれまでのこの村の対応と一緒だ。それは変えていかなければならないと、ナツとも常々話をしていたのだ。

 そのことは、両親にもいつも言い聞かせていたことだった。

 だから余計に悔しいのだろう。

 そんな息子の村を思っての行動が、今回裏目に出てしまったかも知れないことが。

「……わかった。俺からは先方にそう話す……」

「待ってくれ。オレが直接言いに行く」

「な、何言うのよしお! ダメよ!」

 オレの発言に今まで黙っていたおふくろが立ち上がって声を上げた。

「オレが村を連れ回していたのは皆知ってる……だからオレが行かなきゃ、話がつかない」

 具体的にどこから話が来たのか、それによって考えられることも増える。

 オレに手を伸ばすおふくろを制し、おやじは言った。

「……下手な言い訳はすんなよ?」

「わかってる――」

 眉根を寄せたおやじの、わずかに揺れたその瞳を、オレは忘れない。

 

   *  *  *

 

 緑深きクマ井の最深部。この場に留まっていてはいけない。ヒトの身でここに立ち入ることがどれだけのことかを思い知らされながら、村外の者が闖入した件について直接謝罪をした。ナツが動けない状況にあるからと前置きをしてのことだった。

 その間、ずっと視線を下げていたため向こうのリアクションは不明だった。

「ヒトよ。顔を見せなさい」

 高所からかけられた声。威圧感に圧倒されながら、伏せていた顔を上げた。

「娘巫女は達者にしているかしら?」

「ナツ様は娘巫女と仲良くされていて?」

「今日の夕餉は何かしらね」

 3頭のクマから投げかけられる質問に再び顔を伏せてそれぞれ答える。

 婦人会、クマ井の中枢――その3頭のクマは、いつものように、優雅にお茶会を楽しんでいる。

 見上げる高さに設けられたテーブルの周りに3頭はそれぞれ腰かけている。その真下、オレがいるのと同じ高さの場所に、黒い傷だらけのクマがこちらを凝視していた。

 ナツの幼馴染のほのかだった。

 その足先を見るように顔を伏せていると、上から声がかかる。

「そう。じゃあもう去りなさい。ヒトの子よ。ナツ様にくれぐれもよろしくお伝えくださいね」

「……は、はい」

 話が本題に入るかと思っていたので、拍子抜けをしたが、オレは黙してその場を下がった。

 

   *  *  *

 

 ほのかに先導されて歩く。途中で雨が降り出した。

 先を往くクマの体毛が濡れて鈍い光を放つ。

 それをぼんやりと見つめながら歩いていると、ほのかから声をかけてきた。

「人間……何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」

 正直に返してよいものか悩む。しかし、ここで訊かなければ可能性は途絶えてしまうだろう。

「ナツの……ナツが、膚を見られたというのは本当ですか?」

「事実だ」

「――――」

 熱に浮かされたナツの幻覚にすぎないのではないかという一縷の望みが断たれた。

 そうすれば、次の質問をしなければならない。

「では、彼女――山村さんは、今どこに?」

 ――生きていますか? とは訊けなかった。

 しばらく間を置いて、ほのかは回答の代わりにあの場での出来事を語りはじめた。

「私はあのとき、熱に浮かされ水を浴びに来たナツを偶然見つけた。するとあろうことか、奴は白日に膚を晒しだした。慌ててやめさせようとしたとき、それを見て呆然としている人間を見つけたのだ! 私はすぐにそいつの元に駆け、撥ね飛ばして昏倒させた――だがもう遅い。あの人間は見てしまった」

 ほのかの当て身を食らったのか――

 オレは絶句するよりほかなかった。所在よりもそもそもただでは済んでいないだろう。

 黙するオレに、ほのかは一度だけ振り返った。

 そして少し間を置いて、呟くように話す。

「気を失った人間より、ナツの容体が気懸りだ。先にナツを送り届け、再びあの場に戻ったが、すでにあの人間は消えていた。だから行方は私も知らん――ただ、ナツに言われていて、人間相手だから手加減はしたのだ」

「……そうか。ありがとう」

 そして「ナツの知り合いじゃなければこんな」と悪態を吐く。

 本当にほのかが知っていることはこれがすべてなのだろう。

 じっとりとまとわりつくような雨の中を歩き、神域の端まで到着した。

 去っていくほのかを見送る。その話から、ひとつだけわかったことがある。

 おそらくあの場には、彼女を監視していたのか、別の目があったのだ。

 

   *  *  *

 

 先程は後回しにしたが、ついに直接対決をしなければならない。

 自宅に一度帰ったとき、すでに事が起こったことを知っていた両親。

 その両親に連絡を入れたのは誰か。

 クマ井と村人との接触は偶然の遭遇以外ではほとんどなく、何かがあればすべてクマ井の頭首であるナツを通じてのやり取りとなることが常であった。

 しかし今、ナツはあのとおりだ。

 つまり、考えられる可能性は、ナツを通じた表立った経路以外でのやり取りがあったか、もしくはそもそも山村さんが消えたことにクマ井が関与していない場合のどちらかしかない。

 しかし、どちらでも同じことだ。

 なぜなら、いずれにしても熊出村の中枢――祖母のフチが関わっていることは、明白だからだ。

「……ばーちゃん」

「来たね。よしお」

 神社の奥、本殿という名の倉庫、その一室にばあちゃんは鎮座していた。

 雑多な室内にあって、その小さな存在は大きな存在感でそこに坐している。だが壁に向いており、こちらに一瞥もくれない。

「出かけてたんじゃなかったのか?」

「出かけてたさ。でも変なよそ者が来たっていうんで、戻ってきた」

 誰かが彼女に連絡をとったということか。オレが村の中を回っているときのどこかで。

「そしたらそのよそ者は案の定――禁秘を冒した……!」

「違う……あれは事故で――」

「これを見ろ」

 オレの言葉を無視して、ばあちゃんはオレの目の前に何かの草を放って見せた。

――これはナツの体の……まさか……山村さん、畑も見て……!

「こりゃ村の掟じゃあ!! あの娘はもう帰せん!!」

 握りこぶしが激高で震えている。しかし次の瞬間には真顔に戻ると、徐に口を開いた。

「それよりよしお、お前『お兆し』を黙ってたな?」

「それは……」

 再び調子を抑えて問い質されたオレは、再度言葉に詰まってしまう。

「急に還られたらどうするつもりじゃった!? ええ?!」

 乱高下する声音に本能的に威圧される。しかし、そうでなくても答えられない。

 ナツがいなくなることなど、自ら認められるわけがない。

 押し黙るオレに、ばあちゃんは「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らした。

 負けじとオレは問いかける。

「山村さんは……どうした?」

「ああ、あの子は生かしてあるさ」

 今度はわずかに上ずった柔和な調子のその物言いに怖気が走る。

「そりゃ殺さん、大事な胎(はら)だ――」

 それを聞いた途端、オレは彼女に掴みかかろうと立ち上がりかけた。しかし、いつのまにか忍び寄られていた何者か複数人に背後から羽交い絞められる。

 不意を衝かれたオレはまともに抵抗できず床に押し付けられた。

「んだっお前らぁ! はな、離せ、おい――!」

 そのまま口に布を噛まされ、腕や足を縄で拘束され、歯向かう術を封じられる。

 獣のように唸りながら、すぐそこに悠然と座す彼女をにらみ続けたが、頭から袋を被せられ、それすらも届かない。

 最後までこちらには目もくれずにいた彼女の声が響く。

『明日は「送り」じゃからな、ええな。次はお前が仕切るんじゃ、ちゃんと見とけ!』

 

 

つづく